トンデモ水滸伝

中国見たさで出演を決めたドラマ「水滸伝」

 

 

木枯し紋次郎」の後、複数のTV 局から出演要請が殺到した。だが、 お笑いタレントとは違い、俳優は何本も〈かけもち〉ができない。やろうと思えば多少無理はきくが、当時は、〈節操がない〉と批判された。 私も、一本勝負主義だった。

数多い企画の中で、風変りなものが一つあった。「水滸伝」である。

中国の古典が原作で、今から 九〇〇年以上も昔、北宋時代の物語 である。

皇帝を排除し、国家転覆を狙う宰相に抵抗し、一〇八人の英雄豪傑が決起する。彼らは梁山泊を拠点に、あちこちでゲリラ戦を展開する。 痛快至極というか、荒唐無稽というか、勧善懲悪むき出しの大活劇である。

子どもの頃からアクションものが大好きで、すぐ心が動いた。しかし、あまりにもアッケラカンとしたストーリーだ。ニヒリズムのシンボルみたいだった「紋次郎」の直後、これをやるのはどうかというためらいもあった。

そのうち、決心をうながす条件が提示された。中国本土で、大ロケーションをやるというのだ。前年、田中角栄内閣が、日中国交回復をやってのけた。それまで、中国の門は国際的に閉ざされていて、大いなる謎の国だった。私は、中国見たさで、出演を決めた。

 

中国ロケのはずが 御殿場通いの半年間

 

「水滸伝」は、日本テレビ開局二〇周年記念番組となった。企画自体が、北京支局を作るための政治工作でもあった。

予算総額は三億円(今なら十倍)、空前絶後の大盤振る舞いだった。世 田谷に古代中国の城壁と城下町のオープン・セットを建て、何百人分もの衣裳や武具などを新調した。

一〇八人の豪傑は、それぞれが個性的なキャラクターだが、この番組では、近衛軍師範・林冲を中心にすえ、私が演ずることになった。豪傑 たちには、当時の一線級の俳優た ちが配役され、文字通りオールス ター・キャストになった。佐藤慶、ハナ肇、丹波哲郎、長門勇、山村聰、 あおい輝彦、黒沢年男(現・年雄)、田村高廣、松尾嘉代、土田早苗など、挙げたらキリがない。

ところで、クランクインが迫った頃、とんでもないニュースが飛び込んできた。中国側が、ロケ地提供を拒否したというのだ。

周恩来はOKしたはずなのに、文 革派がストップをかけた。封建時代 の忠義を美化する作品は、教育上好ましくないという理由だった。

日本には、騎馬数千が走る大荒野 などない。結局のところ、富士の裾 野を使うことになった。往復四時間の車移動が、半年以上も続いた。朝 から晩まで馬に乗り、剣を振りかざす日々だったが、心の中では泣いて いた。

「トホホホ……。俺は御殿場に来たくて、この企画を受けたんじゃねえ よーッ!」

 

 

なかむら あつお

元参議院議員、俳優、作 家、脚本家。1940年東京 生まれ。東京外国語大学 在学中に演劇に興味を持 ち、大学を中退、劇団俳優 座に入る。65年にはEWC 奨学生演劇部門試験に合 格、ハワイ大学に留学し、アメリカ社会の研究を する機会を得る。72年に出演したテレビドラマ「木 枯し紋次郎」が空前のブームになりその後数多く のドラマで主演を務める。84年にはテレビ「地球 発22時」でキャスターを務める。現在、日本ペンク ラブ理事、環境委員を務める。著作に『チェンマイ の首』『ジャカルタの目』『マニラの鼻』『ごみを喰 う男』『暴風地帯』『簡素なる国』など。


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