花見と齢

年をとって楽しむ春の到来

 

明るい陽射しを浴び、草が芽吹 き、花が咲く、うららかなよい季節 がやってきた。寒い冬が終わり、ようやくめぐってきた春に嬉しくなって、つらつらと書き始め、ふと、こんなことは子供のときには思わなかったなと思った。

たとえば桜の花が咲き、ああ、春 だなあと思う子供では、少なくとも 私はなかった。確かに始業式の頃に 咲いていたような気はするが、あたらしい学年の始まりに興奮していて、それどころではなかった。季節は私の外側で、自分とは関係なくまわっていたのである。

そんな子供が、いつのころからか 季節の変化を感じるようになり、こうして春の到来を歓ぶようになろうとは。われながら大人になったものだと思って、思い直した。子供のころは、季節にかかわらずいつでも元気で楽しくて、冬は冬で寒くても平 気で外で遊んでいたから、春の訪れを待ちわびることがなかっただけの話ではないか。

こうしてみると、季節を楽しめる のは大人だ子供だという問題ではなく、単に年をとったということなのかもしれない。ちょっと複雑な気分だが、でもそこは、年をとったことで楽しみがふえたのだからよしとしよう。桜が咲くと、そわそわする。 お花見に行きたい。
 

花粉に齢という 妙薬あり

 
ところが、哀しいかな、季節を楽しめるようになった矢先に、私は花粉症を発症してしまった。春はもは や受難の季節。うららかさがいまいましい。暖かいと花粉がたくさん飛ぶからだ。

それでも桜は見に行きたい。帽子に眼鏡、マスクという、あやしい格好で出かける。無粋なこときわまりないが、こうまでしてもくしゃみが 出るのが哀しい。薬ももちろん飲ん でいるが、どうしたって花粉は感じる。せっかくのお花見も楽しさ半 減だが、もうこの季節はしかたがない。

そうとこのかた二十年、あきらめていたのだが、ここに来て状況が変 わってきた。前ほど、くしゃみが出ない。前ほど目や耳がかゆくない。前ほど熱が出ない。明らかに症状が 軽くなってきている。どうしたのだろう?

そこで思い出したのが、以前、すでに定年退職をしていた知人から聞いた話である。

「花粉症は年をとると、よくなるよ」

知人は、もうすっかりよくなっ た、と爽やかに笑った。花粉に齢と いう妙薬あり。そのときは、にわかには信じられなかったが、このところの変化はそういうことなのだろうか。

ふたたび複雑な気分だが、何はともあれ、久々に季節を楽しめることを喜びたい。そして、どうやらこれからますます楽しむことができそうなのだ。

ありよし たまお

 作家。東京生まれ。 早稲田大学哲学科、 東京大学美学藝術学 科卒業。ニューヨー ク大学大学院演劇 学科修了。1990年、 母・佐和子との日々を 綴った『身がわり』で坪田譲治文学賞受賞。 『ニューヨーク空間』『雛を包む』『車掌さん の恋』『風の牧場』『恋するフェルメール 37 作品への旅』『カムフラージュ』『美しき一日 の終わり』『ソボちゃん いちばん好きな人の こと』など多数の著書がある。


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