②大河ドラマとわたし

坂本竜馬役で出演した初めての大河ドラマ

 

来年のNHK大河ドラマは「平清盛」である。

私は今回、冒頭の第一週分だけ出演することになった。役は清盛の祖父、すなわち平氏の初代棟梁・平正盛である。

大河ドラマはロング・ストーリーなので、役柄がかなり多い。そこで、幾人かキャストが確定するたびに、お披露目の記者会見が行われる。

一貫して出演するのは、主役の清盛を演ずる松山ケンイチ君だけである。八月中旬に第三次記者会見があり、私を含め七人のニューキャストが紹介された。

これまで気にしたこともなかったが、大河ドラマはこれで五十一回目になるそうだ。ということは、すでに半世紀も続いてきたわけである。

配られた資料の中に、これまでの作品や出演者のリストがあった。第一回の「花の生涯」(尾上松緑主演)から、ずらりと懐かしい作品が並んでいる。目を通しているうちに、「待てよ……?」となった。

第五回の「三姉妹」に私は出たことがあるのを思い出した。二、三週だけと記憶しているが、役は(坂本竜馬)だった。私は二十七歳、劇団俳優座の名もない若手俳優の一人だった。

当時は映画やTVドラマの演技者の供給源が新劇だったので、無名でも結構重要な役が割り当てられたのである。

私の運命を決めた大河ドラマ

 

それはさておき、四十五年前に大河ドラマに出演していた俳優なんて、今回のキャストを眺め渡しても、一人だっているわけがない。思わず、深い溜息が出た。自分が、とんでもない骨董品のように感ぜられた。しかも、私は演技一筋で今日に至ったのではない。色んな分野を渡り歩きながら、約半世紀も経ってから、なぜか若い俳優たちと同じ席にいる。実に不思議な気分でもある。

作品リストの九番目には、「春の坂道」(中村錦之助主演)があった。1971年の放映である。

前半の半年では、石田三成が活躍し、役を演じた私が人気者になった。それを見ていた電通のプロデューサーが、市村昆監督に私を紹介し、「木枯し紋次郎」が翌年のブームになった。ある意味で、大河ドラマは私の運命を決めたとも言えるだろう。

三成は半年で退場し、後半は柳生十兵衛が目立った。十兵衛を演じたのは、俳優座の同僚だった原田芳雄である。その原田は今年の夏病で散った……合掌。

NHKドラマでは、他に「銀行」とか「官僚たちの夏」といった現代劇にも出演したが、大河ドラマは「春の坂道」が最後だった。

〝諸行無常〟とは、(森羅万象は一刻も同じ状態に留まらず、絶えず変化している)という意味である。

これは絶対真理だと思うが、時には同じ場所を、再び通過することもあるような気もする。

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なかむら あつお

元参議院議員、俳優、脚本家。1940年東京生まれ。東京外国語大学在学中に演劇に興味を持ち、大学を中退、劇団俳優座に入る。65年にはEWC奨学生演劇部門試験に合格、ハワイ大学に留学し、アメリカ社会の研究をする機会を得る。帰国後、新劇改革の若手リーダーとして幹部と衝突、劇団を退団する。72年意出演したテレビドラマ「木枯し紋次郎」が空前のブームになり、その後多くのドラマで主演を務める。83年に海外取材を基に書いた『チェンマイの首』がベストセラーとなり、84年にはテレビ「地球発22時」でキャスターを務める。99年、参議院選で当選、04年に政界を引退。『暴風地帯』など著書多数。


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