めだかの学校

スクール・オブ・フィッシュとは魚の群れのこと

 

めだかの学校は、川の中にあるという。唱歌の話だ。

 めだかのがっこうは かわのなか
 そっとのぞいて みてごらん
 そっとのぞいて みてごらん
 みんなでおゆうぎ しているよ
 めだかは夏の季語だからだろう

か、ふと思い出して口ずさんでみると、子供のときには気づかなかったが、そのなんと素敵なこと! さすがは茶木滋の詩だとか中田喜直の曲だといえばそれまでだが、なんでもないような詩に単純な節をつけているようでいて――それ自体すごいことなのはさておいて

――歌っていると、めだかが川の中を泳いでいる様子が目に浮かんでくる。川でめだかを見たことなんてないのに。しかもその川の水はきれいに澄んで川底の石や水草まで見え、川面は夏の光できらきらと輝いているのだ。

歌ってみたら、そんな美しい光景 とともに、古い記憶もよみがえって きた。中学のときのことだ。英語 の時間に、魚の群れのことをスクール・オブ・フィッシュというと習っ た。そのときも、私はこの歌を思い 出した。
 
群れを英語でスクールというの と、めだかの学校が川の中にあると いう発想は、偶然の一致だろうか。 詩人はめだかが列をなして泳ぐ様 が、学校のようだと思ったのか、あ るいは英語からヒントを得たのか、 などと、当時あれこれ思いをめぐら した。

 

唱歌に歌われた真理

 

さて、この唱歌は二番、三番とつ づく。二番は「めだかのがっこうの めだかたち」で始まり、「だれがせ いとか せんせいか」を繰り返す。そ うしてこのめだかたちは、「みんな でげんきに あそんでる」のである。

これまた子供のころは、何も考え ずに歌っていた。その後も、思い出 したところで、思い出した以上のこ とはなく、せいぜい語呂や言葉のリ ズムのよさを感じるくらいのものだったのだが、このたび久しぶりに 口ずさんで、二番にも真理があるこ とに気がついた。

数年前から学校で教えているが、 教えてみて、はじめてわかったこと がある。授業中のおしゃべりは、小 声でしようが、一番後ろの席でしよ うが、教室の前でもかなり聞こえ る。内職も隠れてやったところで、 お見通し。居眠りされると不愉快 だ――すべては自分が学生のときに やったこと。先生には申し訳なかっ たと思う。

そして、一番大きな発見は、教師 は決して教えるばかりではないとい うことだ。教えることで教えられる。 学生から教えられることがたくさん ある。「だれがせいとか せんせいか」 は、正しかったのである。

ありよし たまお

 作家。東京生まれ。 早稲田大学哲学科、 東京大学美学藝術学 科卒業。ニューヨー ク大学大学院演劇 学科修了。1990年、 母・佐和子との日々を 綴った『身がわり』で坪田譲治文学賞受賞。 『ニューヨーク空間』『雛を包む』『車掌さん の恋』『風の牧場』『恋するフェルメール 37 作品への旅』『カムフラージュ』『美しき一日 の終わり』『ソボちゃん いちばん好きな人の こと』など多数の著書がある。


このコラムの記事一覧

新着記事

おすすめ記事

児玉清さんが遺したことば

what a beautiful time

浜美枝さんの箱根

Present

WEB限定プレゼント

Category

from Readers

Club