季を遊ぶ

文=有吉玉青

山桜の記

花と葉が 必ず一緒に出る山桜

 

桜の季節。桜というと、私はただちにソメイヨシノを連想するが、小林秀雄によれば、これは「桜でも一 番低級な桜」だそうである。

「俗悪」とまで言っている。むくむくと湧くようにたくさん咲くこと、 わかりやすく美しいことがよくないのだろうか。

小林にとって桜とは山桜であった。昭和四五年、「文学の雑感」という講演の中で本居宣長が山桜を好んだことにふれ、山桜は必ず花と葉 が一緒に出る。これこそが桜だと言っている。ソメイヨシノは花が咲いて、あとから葉が出る、と。そう、だから満開のソメイヨシノは、世界を桜色一色に染めるのだ。

私はこの季節、街の至るところで見事に咲きそろうソメイヨシノを見ると複雑な気分になる。ただし、それは必ずしも小林のせいではなく、むしろ小林に救われている。二十年経ってなお自分の中で整理がつかない、花見の記憶がある。

父とした花見である。私がものごころつかないころに両親は離婚し、以来、父と暮らしたことはなかった。

晩年、父は東京で一人で暮らしていたが、あるとき突然、鎌倉に引っ越した。事後報告であった。

教えられた住所を訪ね、どうしてここなのかと尋ねると、まわりに見事に桜が咲くのだと言う。来る道で枝をはっていた木々、あれは桜だったのか。花はとうに終わっていたから、どうやら人から話を聞いて、うっとりして決めたらしい。

……続きはVol.35をご覧ください。

ありよし たまお

作家。東京生まれ。早稲田大学哲学科、東京大学美学藝術学科卒業。ニューヨーク大学大学院演劇学 科修了。1990年、母・佐和子との日々を綴った『身がわり』で坪田譲治文学賞受賞。『ニューヨーク空間』『雛を包む』『車掌さんの恋』『風の牧場』『恋す るフェルメール 37作品への旅』『カムフラージュ』 『美しき一日の終わり』『ソボちゃん いちばん好きな人のこと』など多数の著書がある。

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