新・日日是好日

文=帯津良一

的中の予感

金的を射止めたわが病院の才女

 

私の病院でがん患者さんの心理療法を担当していたF女は学問への情熱抑えがたく、京都大学の大学院を経て東京大学の助手として学問に励んでいた。頭はたしかに良い。とりわけ私が買っていたのは彼女の英作文の力だ。なんとも格調の高い英文を書くのである。

英語の苦手な私でも英文で論文のサマリーを書いたり、海外で英語で講演する機会はそれなりにある。その都度、彼女の力をお借りするのである。謝礼は、彼女が酒好きなこともあって、一献をもってこれに当てて来た。そしてある時、いつまでも助手では仕方がない。そろそろ どこかに大学の准教授になって転出しなければ、ということばが唐突にを衝いて出たのである。

その際私に予感という意識はまるでなかったが、それからしばらくして彼女からの電話である。京都大学の准教授に任命されて来月赴任するという。ならばあれは予感だったのかという思いが脳裏を掠めたが、何はともあれ、祝いの一献と相成ったのである。

「……ところで京都大学のどこの准教授なの……」

「それが、あの山中さんのところなですよぉ……」

「えっ! あの例のiPS細胞のぉ?」

あのiPS細胞研究所が、いよいよ臨床に進むことになって、臨床心理士が必要になり、全国公募をしたのである。そこへ彼女が応募したところ、見事に金的を射止めたということなのである。

 

ノーベル賞受賞者の電話を訝った ?!

 

そのとき「的中の予感」という文字が突然浮かび上がったのである。 もう40年以上も前の話である。指揮者の小沢征爾さんが米国の音楽関係の大きな賞を獲得したことを報じる新聞記事の中に、受賞者の弁として、

「私には的中の予感があった」という言葉を載せていたのである。

なんというすばらしい言葉だろう。心のときめきの最たるものではないか。私も一度は使ってみたいと讃嘆すること頻り。そこですかさずF女に問うたのである。

「あなた自身に的中の予感がありま したか?」

「いえ、まったくありませんでした。私の採用を山中さんご自身が電話で伝えて来たときも、どちらの山中さんですか? と訊いてしまったくらいですから……」

駄目だなぁ、乾坤一擲のときめきのチャンスを逃してしまったではないかと他人事ながら臍を噛む思いであった。しかし、これは遠きあこがれの日の想い出として仕舞っておこう。彼女は射止めたときの大きなときめきに背中を押されて、溌溂として仕事に励んでいるのだから。以て瞑すべしということか。

おびつ りょういち

帯津三敬病院名誉院長。日本ホリスティック医学協会名誉会長。1936年埼玉県生まれ。61年東京大学医学 部卒業。東京大学医学部第 三外科医局長、都立駒込病 院外科医長などを経て、82 年帯津三敬病院を開設し院長。西洋医学だけでなく、中国医学、ホメオパシー、代替医療など様々な療法を駆使してがん診療に立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学の確立を目指している。 新刊は『毎日ときめいていますか?』(風雲舎)など。講演会、養生塾などの開催については、 http://www.obitsusankei.or.jp/ をご覧ください。

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