転ばぬ先の杖

衆目を集めてしまった 〝養生の大家〟の居眠り

 

養生とは転ばぬ先の杖だという。 養生の大家を自認している私が転んでしまった話をしよう。忘れもしない十月十四日の土曜日。場所は一ツ橋の学士会館。サトルエネルギー学会の秋の大会が開かれていた。

自分の発表が済んで、最前列の演者席につく。朝が早いので、座るといつの間にか睡魔におそわれる。最前列でこっくりこっくりとやったのでは衆目を集めることになるので、平生は最後部につくことにしているのに、このときは、会長を務めていることもあって最前列に座ってしまったのである。不覚の至りである。

最後の演者の前半まではしっかりと聴いていたのであるが、後半になって睡魔に負けてしまったのである。まさに終わろうとするときに、椅子から転がり落ちて、床に右上半身を打ち付けたのだ。同時に右の鎖骨がぼきっと折れる音。あわてて立ち上がって居住まいを正したのはさすがだったが、まさに衆目を集めて しまったのである。

廊下に出て、わが病院に電話。たまたま宿直が整形外科医であることを知って、小躍りして帰院。レントゲン写真を見ながら、これは手術した方が良いとのご託宣。三日後の火曜日に手術しましょうという。しかし、土曜日に姫路市にて講演。月曜日に広島市での講演が入っている。 術後の経過によってはこれらをキャンセルしなければならない可能性も出て来る。
 

様々な発見があった これぞ怪我の功名

 
プロとしてはキャンセルはできな。そこで手術を一週間先送りしていただく。両肩をベルトで固定して姫路も広島も無事にこなして月曜日の夜、入院。当日は朝から絶食。検温やら点滴やらで、若い看護師さんが立ち替わり訪れるが、いずれもきびきびしていて小気味好い。圧巻は麻酔科の女医さんだ。美人さんの上に、その説明たるや簡にして要を得ている。初めての経験であるが故の全身麻酔への不安もあっという間に吹き飛んでしまっ手術中のことは何も覚えてはおらず、心地よい午睡から目覚めたが如し。うちの病院の実力も満更でもないなと知ることができたのも、まさに怪我の功名。仕事も手術の当日と翌日の二日を休んだだけ。十日後のタイのバンコクで開かれた学術集会にも出席。その直後の岡山市での講演も予定通り。晩酌も休んだのは手術日だけというのだから感謝感激。

それにしても鎖骨にはすまない が、鎖骨だけで済んでよかった。これが頭を強打したり、内臓破裂なんてことになったら、講演や仕事のキャンセルはいかばかりか。不幸中の幸いとはこのことだ。そしてわが転ばぬ先の杖も少しだけ強くなるのではないだろうか。

おびつ りょういち

帯津三敬病院名誉院長。日本ホリスティック医学協会名誉会長。1936年埼玉県生まれ。61年東京大学医学 部卒業。東京大学医学部第 三外科医局長、都立駒込病 院外科医長などを経て、82 年帯津三敬病院を開設し院長。西洋医学だけでなく、中国医学、ホメオパシー、代替医療など様々な療法を駆使してがん診療に立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学の確立を目指している。 新刊は『毎日ときめいていますか?』(風雲舎)など。講演会、養生塾などの開催については、 http://www.obitsusankei.or.jp/ をご覧ください。


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