cinema『花戦さ』

噓泣きと本物の涙で魅せる
『花戦さ』の野村萬斎

 

文:川口力哉

 

一見の価値の中井貴一の信長に狂言師・野村萬斎の名人芸

 

 

上映後まもなく、織田信長(中井貴一)がスクリーンに登場した瞬間 から、一気に映像に引き込まれた。 なぜなら、その信長はまさに私が長 年イメージし続けてきた信長像に限 りなく近いものだったからである。 あの肖像画のように気品高く冷淡そ して究極の合理主義者、荒武者でもなく成り上がりでもない、選ばれし 王者。時代劇を観るたびに裏切られ 続けてきた、誰も演じてくれなかっ た信長像が、今まさに目の前で具現 化された瞬間だった。もうこの信長 を観られただけでも一見の価値はある。まずは特筆したい。しかし待てよ、この映画の主人公は信長じゃな い、池坊専好 ( 野村萬斎 ) である。 これでは主役と脇が入れ替わったま まだが大丈夫なのだろうか?

とさらに見ていけば、佐藤浩市演じる千利休もこれまた物凄い存在感 を醸し出している。ところが当の池 坊専好と言えば、先ほどから劇中に いるものの、今風で言うKYキャラ ( 空気が読めない ) を全面に出し、 劇中をひとり浮いている。これは芝 居による演出なのだろうか?それ とも池坊専好とは本当にこういう男 だったのだろうか?そしてその答 えは両方イエスが正しいことを全編 通じて思い知ることとなる。私はこ の映画の中で、池坊専好という人物 を通じて、野村萬斎の名人芸をいく つも見たように思う。カメレオンの ような変幻自在の存在感と時に予定 調和を完全に振り切った芝居。もし もこれが私の誤解だとしても、そこ はお許し願いたい。

 

狂言師と歌舞伎役者の圧巻の化かし合い演技

 

それは噓泣きと本物の涙を流す濡 れ芝居の名人芸である。かの狂言師 は、映画の異なる2つのシーンの中で、演技として泣く偽の芝居と、本 当に心が痛み悔しくて涙を流す本物 の芝居を微妙ながらも明らかな違い を持って演じ分けたと思われるの だ。こればかりは役者本人にしか決 して分かりえないものである。劇場 を出てから、私はしばらくその事だ けを考え続けていた。あれが狂言師 というものか。そうして時間が経て ば経つほど、私は演者が意識的にそ の二つの芝居を使い分けていたと確 信するに至った。もしこの推論が正 しければ、ミリ単位のきめ細かな表 情、所作、大胆な芝居、その一つひ とつに合点がゆく。そしてあの時代、 華道家元として乱世を生き抜いた池 坊専好もおそらくそんな男だったに 違いないと信ずるに至った。

信長の死後、豊臣秀吉の時代が訪 れると、今度は劇中に歌舞伎役者市 川猿之助が頭角を現してくる。実に 小賢しい。さすが千両役者。小賢しいながらも信長の寵愛を受け、陰で 力を蓄え、やがて権力の上座に座る男のすべてがそこには滲み出てい る。当代きっての狂言師と歌舞伎役 者が演ずる狐と狸の化かし合いは圧 巻である。名優たちのミリ単位の演 技が続けば、若手の奮闘も引き立っ ていた。専好の弟子を演じる和田正 人のあざとくあざとさを見せない芝 居の技量といい声にすっかり魅せら れたことも追記しておきたい。

何だか役者の演技ばかり書き出し てみたが、本当にそれくらい登場人 物の一人ひとりが丁寧に描かれてい て、これは本もいいし、監督もいい、 キャストもいい、というわけで三拍 子揃った見事な作品だと素直に感服 した。そしてやはりあの問題という か疑惑の、嘘泣きと本物の涙の二芝 居を思い出すのである。嘘泣きのう まい役者はごまんといるが、本物の 涙を流せる役者も少なからずいる。 でも嘘泣きと本物の涙を見せた役者 の演技を見たことがない。これが狂 言師の狂言師たる所以か。まずは劇 場でご高覧あれ。

©2017「 花戦さ」製作委員会

『花戦さ』

2017年6月3日(土)より全国ロードショー

監督:篠原哲雄
脚本:森下佳子
原作:鬼塚忠『花戦 さ』(角川文庫刊)
音楽:久石譲
出演:野村萬斎、市 川猿之助、中井貴一、佐々木蔵之介、佐藤浩市、高橋克 実、山内圭哉、和田正人、森川葵、吉田栄作、竹下景子

配給:東映

かわぐち りきや

俳優。1975年和歌山県生まれ。早稲田大学理工学部卒業。主な出演作は映画『THE GODDESS OF 1967』 (オーストラリア映画)、『李 歐』の主演をはじめ『凶気の 桜』『阿修羅のごとく』『タッチ』『テニスの王子様』 『スマイル 聖夜の奇跡』『龍三と七人の子分たち』、 テレビ「もっと恋セヨ乙女」「危険な関係」「芋たこな んきん」「ヤスコとケンジ」「行列48時間」「ギルティ 悪魔と契約した女」「白虎隊」、舞台『座頭市』など。 著作に小説『ピースマン』がある。現在、世田谷深沢に開校した、小中生を対象とした未来創造スクー ル「GREEN STAR」の代表を務める。


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