Artゴッホ展 巡りゆく日本の夢

日本にあこがれていた、ゴッホという画家

 

文=太田治子

 

 希望を表していたゴッホの〝黄色〟

 

  この秋、上野の東京都美術館で、「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」が開催される。6年にわたる準備期間をかけたという。今迄、展覧会場でも画集ですらお目にかかる機会のなかったゴッホの素晴らしい絵とも、もうすぐ出合うことができる。展覧会のリーフレットに、《夾竹桃と本のある静物》の絵が載っていた。私はひと目で惹き付けられてしまった。1888年、アルルで描かれたものである。桃色の夾竹桃の花が、陶製の花瓶にたっぷりと活けられている。まるまるとした花は、よく太った赤ん坊のように元気にみえた。ぴんぴんと先のとがった青い葉に守られているというものの、愛らしい花が次から次へと花瓶の外へとびだしてきそうで、はらはらとするのだった。同じテーブルの隅には、黄色いノートのような感じの本が置かれていた。

この本に、私は見覚えがあった。アルルへ旅立つ3年前、ゴッホの ふるさとのオランダ、ニューネンで描かれた絵の中に、同じ黄色い小さな本が聖書と共に登場していた。牧師であったゴッホの父がなくなってまもないころに描かれた絵である。聖書の横には消えた ろうそくの燭台が置かれていた。 画集でみたこの絵の記憶が残っていたのは、やはり黄色い本があったからだ。消えたろうそくが生のはかなさを象徴する一方で、本の黄色はゴッホの希望を表していた。 〝ゴッホの色〟のその本は、エミー ル・ドラの小説『生の悦び』であった。ゴッホはアルルにもこの小説を持参していたのだった。

 

向日葵と夾竹桃にみる 希望と絶望の果て

 
1888年の早春の朝早くに、ゴッホは南仏のアルルに到着した。 その日は、南仏にも雪が降ってい た。アルルの雪景色を前にしてゴッホは、「まるでもう日本人の画家たちが描いた冬景色のようだった」 と感激するのである。ゴッホは、 日本にあこがれていた。アルルと日本を、つなげて考えていたとこ ろが面白い。アルルへ向かう汽車 の中でも、「日本にもう着くか、もう着くか」と心を躍らせていたという。ゴッホの描いたアルルの《雪景色》の絵とも、今回の展覧会場で初めてお目にかかることができる。  

春が過ぎ、やがてゴッホの大好きな向日葵の花の季節になると、いよいよ彼の希望は大きくふらんできた。敬愛する画家のゴーギャンとここで一緒に暮らすことが、彼の何よりの願いだった。才能はあっても貧乏なゴーギャンがここへくる為に、弟テオにねだって旅費もだしたい、彼がくることを期待して、部屋の装飾は大きな向日葵ばかりにしたいと思った。その 向日葵と共に、ゴッホが夾竹桃にも強く惹かれていたことに初めて気づいた。家の入口に、この花の木を二本、樽の中に置こうと考える。彼はこの花の枝や葉に、有毒成分が潜んでいることを知ってい ただろうか。ゴッホの用意した「黄色い家」にゴーギャンが到着して わずか二ケ月後の冬、ゴッホは自分の左耳を切り取る事件を起こす。ゴーギャンとの仲が絶望的になったからだった。

フィンセント・ファン・ゴッホ《 夾竹桃と本のある静物 》 1888年、油彩・カンヴァス、 メトロポリタン美術館蔵(ジョン・L.・ローブ夫妻寄贈) ©The Metropolitan Museum of Art. Image source: Art Resource, NY

フィンセント・ファン・ゴッホ 《雪景色》 1888年、油彩・カンヴァス、個人蔵

〔展覧会〕ゴッホ展 巡りゆく日本の夢

 

〔会期〕2017年10月24日(土)~2018年1月8日(月・祝)
〔開室時間〕9:30~17:30(金曜日、11月1日(水)、2日(木)、4日(土)は20:00まで 入室は閉室の30分前まで)
〔休室日〕月曜日(1月8日を除く)、12月31日(日)、1月1日(月・祝)
〔観覧料〕一般 1,600円、大学生・専門学校生1,300円、高校生800円、65歳以上1,000円
※11月15日(水)、12月20日(水)はシルバーデーにより65歳以上の方は無料(要証明)

東京都美術館
〔住〕台東区上野公園8-36
〔問〕03-5777-8600(ハローダイヤル)

おおた はるこ
明治学院大学文学部卒業。76~79 年NHK「日曜美術館」の初代司会アシスタントを務める。86 年『心映えの記』で第一回坪田譲治文学賞を受賞。朝日カルチャーセンター(新宿・横浜)、NHK文化センター(八王子、町田、横浜ランドマーク)よみうりカルチャー横浜でエッセイ・美術鑑賞の講座を持つ。著書に『時こそ今は』(筑摩書房)、『夢さめみれば―日本近代洋画の父・浅井忠』(朝日新聞出版)、最新刊は『星はらはらと二葉亭四迷の明治』(中日新聞社)。


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