Artパリジェンヌ展

画家とパリジェンヌの 素敵な関係

文=太田治子

 

 気になっていたマネの絵の中のモデル

エドゥアール・マネの描くパリの女性に、惹かれていた。その折り折りの絵のモデルの個性が、実にくっきりと絵の中からたちのぼってくるからだった。「マネは、 彼女のことをとても好きだったのだわ」思わず絵の前で、そのように声をだしてつぶやいてしまいそうになる。画家とモデルとの親密な関係を思って、胸がときめくの を抑えきれなかった。

1862年頃のパリで描いたとされる《街の歌い手》のモデルは、誰だろう。ずっと気になっていた。 口許に赤いサクランボを押し当てたままの流しの歌い手の彼女は、 もう一方の手でギターと共にサクランボの紙包みを抱えている。きっと酒場で仕事を終えたばかりのところなのだろう。喉が渇いて、サクランボを口許に持っていったのに違いない。サクランボは、客からのプレゼントだったとも考えられた。ふっくらと色白の彼女のその仕草も、憂いをふくんだくっきりと大きな目も、そのすべてがいじらしくみえた。

世田谷美術館で新春早々開幕す る「ボストン美術館 パリジェンヌ展  時代を映す女性たち」にこの愛らしき歌い手もやってきたのである。絵のモデルは、ヴィクト リーヌ・ムーランとわかった。その名前に私は親しみを感じていた。 マネの代表作《草上の昼食》、《オランピア》、《サン・ラザール駅》 などでモデルを務めた女性の名前だった。
 

 絵画が物語るパリの女性の歴史

 
そういえば、それらの絵の中の顔はそのまま《街の歌い手》の彼女の顔に重なるのだった。しかし、いじらしさを感じるのは、歌い手の彼女の顔だけであった。《草上の 昼食》のヴィクトリーヌは、一糸 もまとわず窮屈な背広姿の紳士に囲まれていた。体裁をとりつくろう周囲の男性をへいげいするように、若い彼女は勝利の女神として 輝いてみえた。一方《オランピア》の彼女は全裸のまま、赤ん坊のように無邪気に寝そべっていた。どちらの絵からも、マネがいかに彼女をミューズとしてあがめていたかが伝わってくるのだった。これらの絵にさきがけて描かれたのが、《街の歌い手》であった。マネがパリジェンヌのヴィクトリーヌに出会って、まだまもないころに描かれたものとされている。彼女はその時20 歳であったという。この絵そのままのいじらしさで、10 歳も年上のマネと付き合いはじめたことだろう。彼女を健気な歌い手に描いたのは、マネに仕事をする女性への敬愛の念があったからだ 思う。彼はそれからも、パリで働く女性の絵を描き続けた。ヴィクトリーヌも、やがて画家として仕事をするようになった。

1800年頃のパリにも、働く若い女性がいた。ルイ=レオポル ド・ボワイーの描いた《アイロンをかける若い女性》の絵の中のモデルは、人形のように愛らしい。 マネの絵の女性と違って、個性が感じられない。男性の思うままになる女性だと思う。パリジェンヌを通して女性の歴史がわかる今回の展覧会は、とても面白い。

エドゥアール・マネ《 街の歌い手》 1862年頃  Bequest of Sarah Choate Sears in memory of her husband, Joshua Montgomery Sears 66.304

ルイ=レオポルド・ボワイー 《アイロンをかける若い女性》1800年頃 Charles H. Bayley Picture and Painting Fund 1983.10 Photographs©Museum of Fine Arts, Boston

〔展覧会〕〕ボストン美術館 パリジェンヌ展 時代を映す女性たち

 
〔会期〕2018年1月13日(土)~4月1日(日)
〔開館時間〕10:00~18:00 入場は17:30まで
〔休館日〕月曜日 ※2月12日(月・振替休日)は開館、翌13日(火)は休館
〔観覧料〕一般 1,500円、大高生 900円、中小生 500円 65歳以上 1,200円

世田谷美術館
〔住〕世田谷区砧公園1-2 
〔問〕03-5777-8600(ハローダイヤル)

おおた はるこ
明治学院大学文学部卒業。76~79 年NHK「日曜美術館」の初代司会アシスタントを務める。86 年『心映えの記』で第一回坪田譲治文学賞を受賞。朝日カルチャーセンター(新宿・横浜)、NHK文化センター(八王子、町田、横浜ランドマーク)よみうりカルチャー横浜でエッセイ・美術鑑賞の講座を持つ。著書に『時こそ今は』(筑摩書房)、『夢さめみれば―日本近代洋画の父・浅井忠』(朝日新聞出版)、最新刊は『星はらはらと二葉亭四迷の明治』(中日新聞社)。


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