4月14日(土)~7月8日(日)プーシキン美術館展

パリから遠いモスクワへ

印象派巨匠たちと日本で出合う

 

文=太田治子

 

 フランス絵画の代表作が大挙してやってくる

 

モスクワのプーシキン美術館は、大変にすばらしい美術館である。今から5年前に初めてこの美術館を訪れた私は、そこで出合ったフランス絵画の鮮やかさに息をのむ思いがした。モネ、ルノワー ル、セザンヌ、ゴーガン……私 大好きな画家たちの絵の一枚一枚 が、それはいきいきと息づいてみえたのである。はるかパリから遠いモスクワで、このような印象派の画家たちの絵と出合うことができるとは、まったく夢のように思われた。

今年の春から初夏にかけて、上野の東京都美術館で、「プーシキン美術館展」が開かれることになった。「──旅するフランス風景画」というサブタイトルが、素敵だと思う。恐らくはプーシキン美術館所蔵の絵の多くは、フランスからはるばると長距離列車に乗って革命前のモスクワへと旅してきたのに違いなかった。

1866年、モネが26 歳の時に描いたという大作《草上の昼食》 が、今回17世紀から20世紀にかけての風景画65点の中の1点として日本にやってくるという。どうしてか、私はこのモネの大作を、プー シキン美術館で見落としてしまっていた。どこかよその国へ旅していたところだったのかもしれない。モネの初期の代表作を、日本でみることの幸せを思う。

 

モネの屈折した心境と 雌伏の半生を想う

 

モネの美しい風景にいつも私はすいこまれそうになる。展覧会場でも、家で画集をみていてもそうだった。しかし、やがて冷静な気 持に戻った時、モネに対して複雑な気持を抱いている自分に気付くのである。

「実のところ私は、モネの絵を、そんなにも好きではないのかもしれない」

絵を前にして、思わずそのようにつぶやきそうになる。絵とは離れたところで、モネの性格のむずかしさについて考えずにはいられないのだった。《草上の昼食》の絵の中のモデルとして登場している最初の妻カミーユに、彼は冷たかった。実質的なパトロンのように頼っていた伯母への配慮もあってか、モネは若きカミーユを身内の前にだそうとしなかった。モネはこの絵を描いた頃、大変に貧乏をしていた。絵が売れなかった。 しかし、この絵だけをみると、一 家は優雅に草上のランチを楽しむブルジョワのようにみえるのだった。見栄をはるところがあったのだと思う。実は、夜逃げを繰り返していたのに。それでも、モネは辛い思いをさせた上に早世させた妻を、愛していた。晩年の《睡蓮》の絵は、彼女へのレクイエムとして描かれたのではないだろうか。

ゴーガンが1892年に描いた 絵も、今回来日した。絵の中の孔 雀は、羽を拡げていない。はるば るとパリからタヒチへきたものの、絵は相変わらず売れる気配がなかった。妻子と別れてタヒチ迄やってきた彼は、孔雀をみながら 既に絶望していたのかもしれない。

クロード・モネ《 草上の昼食》 1866年 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow

ポール・ゴーガン 《マタモエ、孔雀のいる風景》 1892年 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

〔展覧会〕プーシキン美術館展──旅するフランス風景画 

〔会期〕2018年4月14日(土)~7月8日(日)
〔開室時間〕9:30~17:30(金曜日は9:30~20:00、入室は閉室の30分前まで)
〔休室日〕月曜日 ただし、4月30日(月・休)は開室
〔観覧料〕一般 1,600円、大学生・専門学校生1,100円、高校生600円、65歳以上1,000円 

東京都美術館
〔住〕台東区上野公園8-36 
〔問〕03-5777-8600(ハローダイヤル)

おおた はるこ
明治学院大学文学部卒業。76~79 年NHK「日曜美術館」の初代司会アシスタントを務める。86 年『心映えの記』で第一回坪田譲治文学賞を受賞。朝日カルチャーセンター(新宿・横浜)、NHK文化センター(八王子、町田、横浜ランドマーク)よみうりカルチャー横浜でエッセイ・美術鑑賞の講座を持つ。著書に『時こそ今は』(筑摩書房)、『夢さめみれば―日本近代洋画の父・浅井忠』(朝日新聞出版)、最新刊は『星はらはらと二葉亭四迷の明治』(中日新聞社)。


新着記事

おすすめ記事

成城学園前~住人御用達の看板店

いい街には、いい本屋がある

浜美枝さんの箱根

Present

WEB限定プレゼント

Category

from Readers

Club