7月14日(土)~9月9日(日)生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです

 

磨かれた技法は優しい愛を描くためだった

 

文=太田治子

 

 少女の絵から画家の優しさが伝わってくる

 

 今年は、いわさきちひろさんの 誕一〇〇年の年である。もしちひろさんが長生きされて一〇〇歳を迎えたとしたら、どんなにか可愛いおばあさまになられていたことだろう。 ちひろさんは、1974年(昭和49 )に54 歳の若さで空の上へいった。
 
 私は、生前のちひろさんにお目にかかったことがない。しかし、ちひろさんの絵の少女からいつもちひろさんを強く感じる。絵の中からちひろさんが、微笑んでいるように思われるのだった。どの絵の少女も、あえかに優しい。ちひろさんは晩年、戦火の中から子どもを守ろうとする 強いまなざしのベトナムのおかあさんの絵を描いた。そのおかあさんの顔からも、私は限りなく優しいちひろさんを感じる。ちひろさんは、実生活でもそれは優しいおかあさんだった。

  1950年代中頃に描いたとされる《ハマヒルガオと少女》の絵からも、ちひろさんの優しさが伝わってくる。7月 14 日より東京ステーションギャラリーで開かれている生誕 一〇〇年を記念した展覧会で、この絵をみることができる。ハマヒルガオは、夏の砂浜にひっそりと咲く花である。淡いピンクのヒルガオは、陽に焼けた少女の顔をふんわり包んでいるのだった。花ことばは、「優しい愛情」だという。ちひろさんにぴったりの言葉だと思う。

 

いつまでも胸の中に生き続ける幼きわが子

 

 絵が描かれたころ、ちひろさんは、三十代半ばだったように思われる。 1951年生まれの一人息子の猛さんは、恐らく4、5歳になっていた のではないだろうか。絵の中の少女の背景に、白いパンツ姿の男の子がいる。砂浜で遊んだ帰りのようである。傍らのおかっぱの女の子は、小さな赤いバケツを手にしている。男の子は、そのころの猛さんをモデルに描いたのに違いなかった。ちひろさんは、夫の松本善明さんの間に誕生した猛さんを溺愛していた。若い二人の生活が厳しく長野のちひろさんの実家に赤ん坊の猛さんをあずけなくてはいけなかった日々が、よけいその愛を深くしていったのだと思う。
「私の赤ちゃん、猛は本当に可愛 く美しい。
  あの黒い瞳とやわらかい花びら の唇、
  オーオとお話しするあのやわらかい声は
  世界一の声楽家の声のように私の胸を
  喜びと感動でしめつける」  
 
 ちひろさんは、このような言葉を書いていた。ここ迄母親に愛されるどもは、幸せである。猛さんは、 すくすくと元気な少年に成長していった。
 
 1967年に描かれた《小犬と雨の日の子どもたち》の絵の中にも、 小さな猛さんがいる。傘を下に置いて、いかにも愉快そうに太った小犬をみている。傍らでは、雨に濡れたムラサキツユクサが、じっと子どもたちをみつめていた。それは心配する母親のちひろさんの姿のようにもみえるのだった。絵が描かれた当時、 既に猛さんは高校生になっていた。 それでもちひろさんの胸の中には、 いつまでも幼い日の猛さんが生き続けていたのだと思う。

《ハマヒルガオと少女》 1950年代中頃 ちひろ美術館蔵

《小犬と雨の日の子どもたち》 1967年 ちひろ美術館蔵

〔展覧会〕生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです。

〔会期〕 2018年7月14日(土)~9月9日(日)
〔開館時間〕 10:00~18:00(金曜日は20:00まで、入館は閉館の30分前まで)
〔休館日〕 7月16日、8月13日、9月3日を除く月曜日 7月17日(火)
〔入館料〕 一般 1,000円、高校・大学生800円、中学生以下無料 

東京ステーションギャラリー
〔住〕 千代田区丸の内1-9-1 〔問〕 03-3212-2485

おおた はるこ
明治学院大学文学部卒業。76~79 年NHK「日曜美術館」の初代司会アシスタントを務める。86 年『心映えの記』で第一回坪田譲治文学賞を受賞。朝日カルチャーセンター(新宿・横浜)、NHK文化センター(八王子、町田、横浜ランドマーク)よみうりカルチャー横浜でエッセイ・美術鑑賞の講座を持つ。著書に『時こそ今は』(筑摩書房)、『夢さめみれば―日本近代洋画の父・浅井忠』(朝日新聞出版)、最新刊は『星はらはらと二葉亭四迷の明治』(中日新聞社)。


新着記事

おすすめ記事

児玉清さんが遺したことば

what a beautiful time

浜美枝さんの箱根

Present

WEB限定プレゼント

Category

from Readers

Club