仙石原の単身赴任

文=天野圭一

雪化粧したポーラ美術館正面

四季折々楽しめる 〝風の遊ぶ散歩道〟

 

箱根の仙石原に暮らして満2年になります。それまでは中国で化粧品会社 を設立して3年半ほど赴任していました。辞令が下り帰国となったものの、 勤務地は箱根の山の上のポーラ美術館。 単身赴任の引越荷物は、東京の自宅で はなく、箱根へと送ることになりました。思いもかけない転勤でしたが、学生時代は映画や美術に耽溺した身ゆえ、所を得たりと箱根の山にやって来たというわけです。
初めにご紹介するのはやはりポーラ美術館です。仙石原から強羅に抜ける ヒメシャラ林道を1.5キロほど入ったところにあります。絵画・彫刻といった作品鑑賞はもちろんですが、美術館全体の佇まいも楽しんでいただくこと ができます。白を基調としたガラスと コンクリートの建物が森の中に沈むように据えられ、「風の遊ぶ散歩道」と名づけられた枕木を並べただけの遊歩道 があり、一年を通して豊かな自然を感じさせてくれます。

真冬の朝の蒼天に映える雪化粧した 木々は息を呑む美しさです。ゴールデ ンウィークになると新緑の清々しさにため息が洩れ、純白の手まりのような 山芍薬の花には誰もが魅了されます。初夏の早朝はアカゲラのドラミングの 音がどこからともなく響いてきて、水量の増えるこの季節は、沢水のせせら ぎも高らかです。肌寒さを感じる秋の 夕暮れになると、山の奥からフューン、 フューンと牡鹿の雌鹿を誘う声が聞こえてきます。晩秋には、木々がその年年の色づき方で混じり合い、やがて戯 れ合って散り敷きます。自然の尊さを 五感で楽しめるこの遊歩道は、ポーラ美術館の自慢の一つです。

 

仙石原の石膏泉が 一日の疲れを癒す

 
そして、箱根といえば何といっても 温泉です。箱根二十湯とうたわれ、それぞれの地で特徴的なお湯が湧きますが、仙石原は翡翠のような乳白色の石膏泉です。

夏から秋、そして冬にかけて、温泉 の魅力は次第しだいに増していきます。 盛夏は早朝にひと風呂浴びてから扇風 機で身体を冷ますのが何とも爽快です し、新涼の頃の夕暮れに、ヒグラシの 輪唱を聞きながら入るのも風情があります。荒い雨粒がバラバラと降りかかる秋の宵、高窓から枯葉が舞い込む冬の深更、それぞれに身に染みるものがあります。

厳冬期になると湯温を少し高めに調整してくれるようです。窓を開けて外気で 頭を冷やしながら、こっそりと持ち込んだ缶ビールを飲む愉快。黙然と目を閉じて湯のたゆたいに身を任せると、湯口から溢れ落ちる音だけが耳を打ちます。その瞬間、一日は忘却のかなたに消え去っていくかのようです。

2015年の大涌谷の火山活動は、 箱根の山が生きていることを改めて印象付けました。いつの日か再びこの山が荒ぶることもあるでしょうが、それまでは「どうぞご機嫌よろしゅう」、そう願わずにはおれません。

箱根駅伝が終わるとすっかり観光客は少なくなり、枯枝が落ちる音まで聞こえるような静寂が訪れます。皆さまのお越しを心よりお待ちしております。

 

あまの けいいち

1961年兵庫県生まれ。83年早稲田大学第一文学部卒業後 ポーラ化粧品本舗(現ポーラ)に入社。宣伝部、販社出向、人 事部、海外事業部を経て、2015年よりポーラ美術館管理部長。


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