旅人を温かく迎え続ける茶屋

箱根峠唯一の甘酒茶屋を守り続ける 山本さん父子と

江戸初期から続く箱根峠の甘酒茶屋

 

箱根の旧街道沿いにある、石畳の細道を登っていくと一軒の杉皮葺きの建物が見えてきます。「箱根甘酒茶屋」です。

この茶屋は以前から気になる存在でした。甘酒の味わいはもちろん、箱根の大自然にすっと溶け込む趣ある佇まいも素敵で、訪れるたびに心身ともに癒されるのを感じていたからです。そのことを先日、家族に打ち明けたら、店主である13代目山本聡さんと息子が親しくしていることがわかり、お話を伺う機会に恵まれました。

「今から四百年程前の江戸初期に箱根の関所を行き来する旅人のために、先祖が甘酒茶屋を始めたと伝え聞いています。当時は軒を連ねていたのでしょうが、今ではうちの店が箱根峠唯一の茶屋となりました」

聡さんは12代目の父・達雄さんとともに甘酒職人として茶屋を守っています。茶屋で供されるのは、麹の発酵によって生まれる自然の甘味だけで仕上げた伝統の甘酒と、臼と杵でつきあげた「黄な粉」と「いそべ」の力餅。そして、味噌おでんやところてんなど、昔ながらの真正直なメニューに限られています。甘酒には砂糖など一切加えられていませんし、いそべは備長炭の火で焼き目がつけられ、香ばしい香りが食欲を刺激します。
 

四百年の伝統の灯をともし続ける文化遺産

 

店内奥には囲炉裏が切られており、日曜祝日はそこでゆっくり足を延ばす、街道ウォーカーでいっぱいになることも。

営業時間は日の出から日の入りまで。連日、朝3時から仕込みを開始し、冬でも7時には店を開けます。

それにしても四百年という気の遠くなるような年月、店を守ることは並大抵なことではなかったはずです。「厳しい時代もありました。幹線道路が整備され、人々が街道を利用しなくなったとき、茶屋だけでは食べていくことができず、父はサラリーマンとして働きに出ました。けれど、箱根を歩く旅人たちの拠り所でありたいという思いを持ち続け、祖父が病になったときには迷わず会社をやめ、茶屋を引き継ぎました」

聡さん自身は学校を卒後後、京都の懐石料理の名店「辻留」で13年修業。一流の料理人となった後、甘酒茶屋に戻りました。日本料理の粋をきわめつつも、甘酒職人として日々の仕事に取り組む父の後ろ姿が脳裏から離れることはなかったのでしょう。華やかな料理人の道ではなく、伝統ある茶屋の灯をともし続けることを聡さんは選択したのです。

「父がそうしたように、味を変えることなく、おいしい甘酒を毎日粛々と作り、私もお客様をもてなし続けたいと思っています」

スピード化、効率化がもてはやされる現代にあって、親から子へと受け継がれてきた、昔ながらの箱根甘酒茶屋は、本当に貴重な文化遺産といってもいいかもしれません。甘酒と力餅をいただきながら、守るということの大切さを実感し、心までぽっと温かくなった日でした。

はま みえ
1943 年東京生まれ。60 年東宝よりデビュー。67 年映画「007は二度死ぬ」。75 年フジテレビ「小川宏ショー」で司会、80 年毎日放送「いい朝8時」で八木治郎氏と司会。01 年より文化放送ラジオ「浜美枝のいつかあなたと」日曜10:30 ~ 11:00 出演中。農林水産省などの各審議会委員として「農・食・文化の継承」について積極的な活動を展開中。10 年4月近畿大学総合社会学部客員教授就任。著書に『凛として、箱根暮らし』(主婦の友社)他多数。「箱根やまぼうし」のイベントの詳細はhttp://www.mies-living.jp をご覧ください。浜美枝さんのブログhttp://blog.hamamie.jp。


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