淡路恵子

松竹歌劇団出身で、そのスタイルの良さと見事な脚線美で、 日劇ダンシングチーム出身の北原三枝と並び称された淡路恵子。
一般家庭の奥様というよりは、バーのマダムや浮気相手の女性といった役柄で 黄金期の日本映画に数多く出演し、映画史に名を残す女優となった。
どこかクールで品を失わないお色気を漂わせ、スタイリッシュな都会的な女性も演じれば、伝法な啖呵も見事に切ってみせた。
声や話し方にも、独特な色香があり、映画「社長」「駅前」の両シリーズでは欠かせないいろどりだった。
〝喫煙ポーズが絵になる女優〟とも言われ、 今回ご紹介する早田雄二氏の写真でも、エレガントな姿を披露している。
私生活では苦労が絶えない人生だったとも囁かれるが、 昭和の映画を愛した多くの人々の記憶には 〝カッコいい〟淡路恵子が、いまでも深く刻み込まれている。

 

人生の酸いも甘いも知り尽くした〝大人の女〟

文=奥本大三郎

こんな風に洋装の似合う女の人の出 現は、やはり戦後のことである。細い マンボスボン(!)からスッキリ伸び た脚。身のこなしが鮮やかで、ダンスをすれば身体のキレがよい。さすがは松竹歌劇団で鍛えただけのことはあると思わせる。
 
それに言うことなすことが、明治、大正生まれの古い日本の女とはどこか違う。それで、アプレゲール(戦後派) などという言葉が生まれたのであろう、と、私は、自分より十ほど上のこの人達の時代を想像する。

だいたい、日本の女優さんの顔には 大きく分けて二種類ある、と私は思っている。
  一、が日本古来の、雛人形のような顔。
  二、が彫りの深い、いわゆる日本人 離れのした顔(この、まるで日本人が駄目なような、自虐的ともとれる表現を使う人が私は嫌いである。それにあんまり外国美人風に化粧をし、外人に 擬態――昆虫などで言えば――したような美人も私は好きではない)。
 
淡路恵子はそのどちらにも入らない。頬骨が高く、目尻にぴんと跳ね上げたようなメーキャップの似合う、アジア風の顔。ついでで申し訳ないが、 越路吹雪、岸田今日子もこのタイプで ある(それにしても、もう亡くなった人について書くのはなんと楽チンであ ることか。まだ存命中の、女優さんとか、女流作家について触れるのは、あたかも地雷原を行くようでヒヤヒヤするが)。

淡路恵子も越路吹雪も、ハッキリ言えば日本ではそれほど美人と思われていなくて、個性的とかなんとかでお茶を濁されてお仕舞い、のようだけれど、こういう種類のお顔は欧米に行け ばそれこそ、〝ふるいつきたいほど〟の美人として威力を発揮するのであ る。

そういえば、淡路恵子の最初の亭主 で、いかにもスペインあたりの血の濃そうな、大柄なフィリピン出身の歌手、ビンボー・ダナオとしては、「よくもこんな素晴らしい人が、自分の守備範囲に残っていたなあ、日本の男の目は節穴か」とほくほく物だったのではないのか、とこれも私は勝手に想像する。

その頃は、昼間から歌番組がNHKなどで放送されていたから、私は 中学生だったと思うけれど、チョビひげのビンボーさんが、太いバリトンで歌うアメリカの歌をよく聞いたものである。

淡路恵子は、小さいときから〝美人さん〟としてちやほやされなかったのがよかったのか、悪かったのか。いったん男にほれてしまうと、とことん尽くすほうで、すると、男というものは、いい気になってつい、浮気をしてしまうようである。亭主だけではない、息子までカネにルーズになり、女にだらしなくなる。

この人の生涯を今見ると、モーパッサンの長編小説『女の一生』を地でいく感じがする。すなわち、修道院で教育を受け、世間というものを何も知ら されずに育った主人公のジャーヌは、ノルマンディの貴族の娘で、親の言うままに結婚するが、新婚の男は、妻の無知をいいことに、屋敷内に住む女中と日常的に関係を結び、子を産ませてしまう。
 
その後も亭主は浮気のし放題。 ジャーヌはそのせいもあって、息子を 溺愛する。溺愛された息子というものは、たいてい出来がよくないもので、 学校に入るために親元を離れるや、あっという間に女に捕まってしまう。 稼ぐことは知らないで、浪費することだけは達者、という次第で、莫大な借 金を作っては「金送れ、頼む」の日常 になる。それでも母親は、馬鹿息子の 言いなり。さしも貴族の身代も傾いてしまう。なんでこんなに次から次と不 幸が襲いかかるのか。その原因の相当 の部分は、ジャーヌ自身の人の善さに ある。

――というような、苦労のぬか袋で 磨き上げた、それこそ、酸いも甘いも噛み分けた年増女の役をやらせれば、 淡路恵子の右に出る人はいない、と、 森繁久彌主演の「社長」シリーズなどを観ていて思う。

タバコで声をつぶしたバーのマダムと好色社長の森繁久彌とのきわどいやり取りは絶妙で、安心して観ていられるのである。

モーパッサンの先の小説のなかで、 忠実な女中が主人公を慰めて最後に言 う。「奥様、男運が悪かったんですよ」 そう言われても、ちっとも慰めにはならないのである。

©Yuji Hayata / JDC

私の顔は メロドラマのヒロインが

似合う顔ではない、 脇役の顔ですよ。

────── 淡路恵子

あわじ けいこ

女優。1933年東京生まれ。48年に松竹歌 劇団の養成学校である松竹音楽舞踊学校に 4期生として 入学。翌49年には黒澤明監督に 抜擢され『野良犬』で映画デビューを果たす。 50年に松竹歌劇団入団。53年からは『君の 名は』など松竹映画で活躍。なかでもヒロイン を務めたメロドラマ『この世の花』は、大ヒットし 全10部作となった。54年にはウィリアム・ホー ルデン主演のパラマウント映画『トコリの 橋』に も出演。その後、東宝映画の専属となり『社長 シリーズ 』や『駅前シリーズ 』で活躍する。57 年には『太夫さんより 女体は哀しく』と『下町』 でブルーリボン賞助演女優賞を受賞。主な 出演映画に『女が階段を上る時』『娘・妻・母』 『アッちゃんのベビーギャング 』『如何 なる星 の下に』『台所太平記』『日本一の色男』『 ク レージー作戦 先手必勝』『四谷怪談』『花と 龍』『丹下左膳 飛燕居合斬り』『男 はつらい よ 知床慕情』『ダウンタウン・ヒーローズ』『男 はつらいよ 寅次郎心の旅路』『 ぷりてぃ・ウー マン』『四十九日 のレシピ』などがある。またテ レビドラマでは「若い季節」の化粧品会社の 女社長や、越路吹雪、岸田今日子、横山道代 と四姉妹を演じた「男嫌い」が印象的で、共 に映画化もされている。著書に『凛として、ひと り~弱かった自分が強くなれた 瞬間』がある。 2014年1月11日死去。享年80。

おくもと だいさぶろう

フランス文学者、作家。1944年3月6日 (啓蟄)、大阪生まれ。東京大学大学院 修了。埼玉大学名誉教授、NPO日本アン リ・ファーブル会理事長、ファーブル昆虫館 「虫の詩人の館」館長。『虫の宇宙誌』(青 土社、読売文学賞受賞)、『完訳ファーブル 昆虫記』(集英社)、『ファーブル昆虫記ジュ ニア版』(集英社、産経児童出版文化賞 受賞)、『楽しき熱帯』(集英社、サントリー 学芸賞受賞)、『奥本昆虫記』(教育評論 社)、『虫屋さんの百人一首』(出版芸術社)、 『ファーブル驚異の博物学図鑑』(エクスナ レッジ)、『ファーブル先生の昆虫教室』(ポプラ社)など、多数の著書、訳書がある。


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