21.06.28 update

人生の酸いも甘いも知り尽くした〝大人の女〟─淡路恵子

文=奥本大三郎

雑誌¿Como le va? vol.30 表紙・早田雄二写真シリーズ第10弾


松竹歌劇団出身で、そのスタイルの良さと見事な脚線美で、 日劇ダンシングチーム出身の北原三枝と並び称された淡路恵子。一般家庭の奥様というよりは、バーのマダムや浮気相手の女性といった役柄で黄金期の日本映画に数多く出演し、映画史に名を残す女優となった。どこかクールで品を失わないお色気を漂わせ、スタイリッシュな都会的な女性も演じれば、伝法な啖呵も見事に切ってみせた。
声や話し方にも、独特な色香があり、映画『社長』『駅前』の両シリーズでは欠かせないいろどりだった。

〝喫煙ポーズが絵になる女優〟とも言われ、 今回ご紹介する早田雄二氏の写真でも、エレガントな姿を披露している。私生活では苦労が絶えない人生だったとも囁かれるが、 昭和の映画を愛した多くの人々の記憶には 〝カッコいい〟淡路恵子が、いまでも深く刻み込まれている。

 こんな風に洋装の似合う女の人の出現は、やはり戦後のことである。細いマンボズボン(!)からスッキリ伸びた脚。身のこなしが鮮やかで、ダンスをすれば身体のキレがよい。さすがは松竹歌劇団で鍛えただけのことはあると思わせる。

 それに言うことなすことが、明治、大正生まれの古い日本の女とはどこか違う。それで、アプレゲール(戦後派) などという言葉が生まれたのであろう、と、私は、自分より十ほど上のこの人達の時代を想像する。

 だいたい、日本の女優さんの顔には 大きく分けて二種類ある、と私は思っている。
一、が日本古来の、雛人形のような顔。
二、が彫りの深い、いわゆる日本人離れのした顔(この、まるで日本人が駄目なような、自虐的ともとれる表現を使う人が私は嫌いである。それにあんまり外国美人風に化粧をし、外人に擬態――昆虫などで言えば――したような美人も私は好きではない)。

 淡路恵子はそのどちらにも入らない。頬骨が高く、目尻にぴんと跳ね上げたようなメーキャップの似合う、アジア風の顔。ついでで申し訳ないが、 越路吹雪、岸田今日子もこのタイプである(それにしても、もう亡くなった人について書くのはなんと楽チンであることか。まだ存命中の、女優さんとか、女流作家について触れるのは、あたかも地雷原を行くようでヒヤヒヤするが)。

 淡路恵子も越路吹雪も、ハッキリ言えば日本ではそれほど美人と思われていなくて、個性的とかなんとかでお茶を濁されてお仕舞い、のようだけれど、こういう種類のお顔は欧米に行けばそれこそ、〝ふるいつきたいほど〟の美人として威力を発揮するのであ る。

 そういえば、淡路恵子の最初の亭主で、いかにもスペインあたりの血の濃そうな、大柄なフィリピン出身の歌手、ビンボー・ダナオとしては、「よくもこんな素晴らしい人が、自分の守備範囲に残っていたなあ、日本の男の目は節穴か」とほくほく物だったのではないのか、とこれも私は勝手に想像する。

 その頃は、昼間から歌番組がNHKなどで放送されていたから、私は中学生だったと思うけれど、チョビひげのビンボーさんが、太いバリトンで歌うアメリカの歌をよく聞いたものである。

  淡路恵子は、小さいときから〝美人さん〟としてちやほやされなかったのがよかったのか、悪かったのか。いったん男にほれてしまうと、とことん尽くすほうで、すると、男というものは、いい気になってつい、浮気をしてしまうようである。亭主だけではない、息子までカネにルー ズになり、女にだらしなくなる。

 この人の生涯を今見ると、モーパッサンの長編小説『女の一生』を地でいく感じがする。すなわち、修道院で教育を受け、世間というものを何も知らされずに育った主人公のジャーヌは、ノルマンディの貴族の娘で、親の言うままに結婚するが、新婚の男は、妻の無知をいいことに、屋敷内に住む女中と日常的に関係を結び、子を産ませてしまう。

 その後も亭主は浮気のし放題。 ジャーヌはそのせいもあって、息子を溺愛する。溺愛された息子というものは、たいてい出来がよくないもので、 学校に入るために親元を離れるや、あっという間に女に捕まってしまう。 稼ぐことは知らないで、浪費することだけは達者、という次第で、莫大な借金を作っては「金送れ、頼む」の日常になる。それでも母親は、馬鹿息子の言いなり。さしも貴族の身代も傾いてしまう。なんでこんなに次から次へと不幸が襲いかかるのか。その原因の相当の部分は、ジャーヌ自身の人の善さにある。

©Yuji Hayata / JDC

私の顔は メロドラマのヒロインが
似合う顔ではない、 脇役の顔ですよ。
────── 淡路恵子

─というような、苦労のぬか袋で磨き上げた、それこそ、酸いも甘いも噛み分けた年増女の役をやらせれば、淡路恵子も右に出る人はいない、と、森繁久彌主演の「社長」シリーズなどを観ていて思う。

 タバコで声をつぶしたバーのマダムと好色社長の森繁久彌とのきわどいやり取りは絶妙で、安心して観ていられるのである。

 モーパッサンの先の小説のなかで、忠実な女中が主人公を慰めて最後に言う。「奥様、男運が悪かったんですよ」そう言われても、ちっとも慰めにはならないのである。

あわじ けいこ
女優。1933年東京生まれ。48年に松竹歌劇団の養成学校である松竹音楽舞踊学校に4期生として入学。翌49年には黒澤明監督に抜擢され『野良犬』で映画デビューを果たす。 50年に松竹歌劇団入団。53年からは『君の名は』など松竹映画で活躍。なかでもヒロインを務めたメロドラマ『この世の花』は、大ヒットし 全10部作となった。54年にはウィリアム・ホー ルデン主演のパラマウント映画『トコリの橋』にも出演。その後、東宝映画の専属となり『社長シリーズ 』や『駅前シリーズ 』で活躍する。57 年には『太夫さんより 女体は哀しく』と『下町』 でブルーリボン賞助演女優賞を受賞。主な出演映画に『女が階段を上る時』『娘・妻・母』『アッちゃんのベビーギャング 』『如何なる星の下に』『台所太平記』『日本一の色男』『ク レージー作戦 先手必勝』『四谷怪談』『花と龍』『丹下左膳 飛燕居合斬り』『男はつらいよ 知床慕情』『ダウンタウン・ヒーローズ』『男はつらいよ 寅次郎心の旅路』『 ぷりてぃ・ウー マン』『四十九日のレシピ』などがある。またテレビドラマでは「若い季節」の化粧品会社の女社長や、越路吹雪、岸田今日子、横山道代と四姉妹を演じた「男嫌い」が印象的で、共に映画化もされている。著書に『凛として、ひとり~弱かった自分が強くなれた瞬間』がある。 2014年1月11日死去。享年80。

おくもと だいさぶろう
フランス文学者、作家。1944年3月6日(啓蟄)、大阪生まれ。東京大学大学院修了。埼玉大学名誉教授、NPO日本アンリ・ファーブル会理事長、ファーブル昆虫館 「虫の詩人の館」館長。『虫の宇宙誌』(青土社、読売文学賞受賞)、『完訳ファーブル昆虫記』(集英社)、『ファーブル昆虫記ジュニア版』(集英社、産経児童出版文化賞受賞)、『楽しき熱帯』(集英社、サントリー 学芸賞受賞)、『奥本昆虫記』(教育評論社)、『虫屋さんの百人一首』(出版芸術社)、『ファーブル驚異の博物学図鑑』(エクスナレッジ)、『ファーブル先生の昆虫教室』(ポプラ社)など、多数の著書、訳書がある。

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