樫尾俊雄発明記念館 3

1974年10月「我が巨人軍は永久に不滅です」という名言を残して引退した長嶋茂雄。
その年の11月1日、カシオ計算機はデジタル腕時計「カシオトロン」を発売。まさに、“不滅”のベストセラー「G-SHOCK」誕生のルーツである。

電卓の技術を腕時計に活かす

 

樫尾俊雄(1925‐2012)を中心に、世界初の小型純電気式計算機「14‐A」を誕生させたカシオ計算機は、1972年、「世界初のパーソナル電子計算機」と銘打って、ストラップ付きで手のひらサイズの「カシオミニ」を1万2800円という破格で大々的に発売。数字と記号を入力するだけで一瞬にして計算結果がデジタル表示されることから「答え一発」というキャッチコピーとともに広く知られるベストセラー商品となる。

モデルチェンジを重ね、同時に低価格化も実現しながら、累計でおよそ1000万台を売った。この大ヒットによって、電卓といえばCASIOという企業イメージが定着してゆく。

しかし、樫尾俊雄はそこに安住していなかった。「時間は1秒ずつの足し算である」

それが樫尾俊雄のシンプルな発想であった。電卓の開発で培った技術は、デジタル時計に最も活かせると考えたのである。時計装置に関連する発明は、次々に特許を取得。ついに、1974年、カシオ計算機の腕時計1号機として、世界初のオートカレンダー機能を搭載した「カシオトロン」が発売される。時・分・秒(当初は10秒単位)をデジタル表示する機能に、31日ある大の月と、日数の少ない小の月を自動判別し、常に正しい日付を表示するオートカレンダーは画期的だった。

人気絶頂の山口百恵をテレビコマーシャルや広告のキャラクターに起用し、やがて「デジタルはCASIO」というフレーズは、カシオ計算機の代名詞ともなった。

電子計算機の発明、小型化、省電力化、さらに多機能化と発展させていった技術を生かした世界初のデジタル腕時計「カシオトロン」

「人々の役に立つ」が企業文化に

 

まだ世界中で誰も開発していない製品を自ら発明し、人々の役に立つことを希求してきた樫尾俊雄の生き方は、企業文化として育まれ、確実に次の世代へと受け継がれていく。若手社員たちが中心となって、1981年から、落下強度10メートル、防水性能10メートル、そして電池寿命10年の「トリプル10」というキーワードを掲げる新たな腕時計の研究開発が始まった。

その成果が結実した製品として1983年に発売されたのが「G-SHOCK(Gショック)」である。耐久性に優れたGショックは、その後、電波時計、ソーラー時計と多様かつ高度に進化していく。さらにファッショナブルなデザインの機種が数多く生まれ、2010年に全世界で累計出荷が5000万本を突破するという超弩級の記録を打ち立てた。

樫尾俊雄の東京・成城にある旧宅の一部を公開して2013年にオープンした樫尾俊雄発明記念館には、「時の部屋」と名づけられた一室があり、カシオトロンやGショックの実際の歴代モデルが展示されている。

まさしく日進月歩の変貌を遂げた軌跡が一目瞭然となって、開発者たちの息吹を今日に伝えながら、この瞬間も時を刻んでいる。

4年に一度の閏年まで自動処理を可能にした新しい「カシオトロン」は、閏年を暗示するように1975年2月28日の日本経済新聞一面を飾った

樫尾俊雄発明記念館

〔住所〕東京都世田谷区成城4-19-10
〔開館時間〕9:30 ~ 16:30
〔休館日〕土日祝日・年末年始等
〔入館料〕無料
〔見学申込〕完全予約制
[お申し込み]Webサイトからhttp://kashiotoshio.org/


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