合唱の楽しさ

合唱の楽しさ

~仲間が集うと、歌が始まる~

 

修学旅行にハイキング、学生寮や職場の昼休みでも 人が集まれば、合唱が始まった。

童謡に抒情歌、アメリカ民謡にロシア民謡や歌曲、山の歌に労働の歌。 学生もサラリーマンも工員も、町や村の青年会も みんな合唱が大好きだった。

歌声喫茶や歌声酒場なる店も登場し、 知らない同士が、同じ歌を歌い親しくなったりもした。

働く若者たちを描いた映画にも、 合唱を楽しむ若者たちの姿が多く描かれている。 昭和は、日本中に若者たちの歌声が 響いた時代でもあった

 

 

労働歌を歌う、旧三池炭坑の労働者た ち。旧三池炭坑は、福岡県大牟田市、三 池郡高田町(現・みやま市)、熊本県荒尾 市に坑口を持っていた炭坑で、昭和28年 と、昭和34年〜35年に大規模な労働争 議が発生している。平成9年に閉山。平 成27年に「明治日本の産業革命遺産 製 鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産 として、世界文化遺産登録が決定した。 労働歌としてはロシア民謡の「仕事の歌」 もポピュラーだった。

昭和26年公開の映画『麗春花』 (島耕二監督)は、島崎雪子扮 する女学生が通う女子高の修学 旅行で、北海道へ向かう列車の シーンで始まる。女学生が歌を 歌っているところに通りかかった 車掌が、続きを歌うというほほえま しいシーンだ。

〔行楽気分を盛り上げるバスの中での合唱〕

 

カラオケのない時代、若者や女性 たちはよく合唱を楽しんだ。家のな かで、観光旅行の列車やバスのなかで、ハイキングの途中で。楽しい時は、 誰かひとりが歌い始めると、仲間が それに続く。

高峰秀子の子役時代の作品、井伏鱒 二原作、成瀬巳喜男監督の『秀子の車 掌さん』( 41 年)では、高峰秀子演じ る少女は、甲州の田舎町を走るバスの 車掌。ある好天の休日、東京から女学生た ちがハイキングにやってくる。セー ラー服に丸い帽子、リュックサック。 バスに乗るや、すぐに行楽気分になっ て歌を歌いだす。

〽ラララ 紅い花束 車に積んで 春が来た来た 丘から町へ

当時、女学生のあいだで流行った「春 の唄」(喜志邦三作詞、内田元作曲)。 戦時色とはまるで縁のない、花があふ れる春の讃歌。女学生がハイキングの 時に歌うのにふさわしい。清潔で、春 =青春の喜びにあふれている。

〽ビルの窓々 みな開かれて若い心に 春が来た

バスのなかで歌われるのは困るのだ が、女学生たちがあまりに楽しそうな ので、秀子の車掌さんは何もいえなく なってしまう。

 

〔子供の誕生会の席でも合唱が始まる〕

 
誕生会が盛んになったのは戦後、よ うやく日本人の暮しが落着いてからだ ろう。
小林正樹監督の第一作、昭和二十七 年公開の『息子の青春』は、鎌倉に住 む作家(北竜二)の家族を描いたホー ムドラマ。

息子(石濱朗)は高校生。そろそろ 女の子が気になる思春期にあり、心優しい母親(三宅邦子)は、息子のため に誕生会を開く。男の子たちだけでは なく、女の子たちも招く。

バースデーケーキを囲んで、高校生 たちはさっそく歌を歌う。
〽ハッピーバースデー、トゥ、ユー   みんなが楽しそうなので、台所にい る母親も、書斎にいる父親も思わずつ られて、〽ハッピーバースデー。

カラオケがなかった時代の牧歌的風景になっている。

そのあと、男の子たちと女の子たち は二手に別れてフォークダンスを始め る。歌う歌は、
〽あの娘の黄色いリボン   ジョン・フォード監督の西部劇『黄 色いリボン』( 49 年)の主題歌(アメ リカのフォークソングが原曲)。当時、 日本でも大ヒットした。

男の子も女の子も、〽あの娘の黄色 いリボン……と歌いながら、フォーク ダンスを踊る。戦後、男女共学が普通 になってからの青春風景。両親は羨ま しそう。

 

〔陸軍士官とお嬢さんとのシューベルトの合唱〕

 
小説にも合唱は登場する。

戦後、出版され大きな話題になった 谷崎潤一郎の『細雪』。

芦屋に住む蒔岡家の美しい姉妹、次 女の幸子、三女の雪子、四女の妙子は、 初夏のある日、愛知県の海辺の町、蒲 郡に遊びに行く。昭和十年代のこと。 列車には陸軍士官が乗っている。

その士官がまずシューベルトの「セ レナーデ」(『白鳥の歌』第四曲)を歌 う。はずかしそうに、慎み深く。
〽しめやかに闇を縫う歌のしらべ

続いて同じくシューベルトの「野ば ら」を歌い始める。
〽童 わらべ は見たり野中のバラ

士官が歌うのを聴いていた三姉妹 は、知っている曲なので、一緒に歌い だす。

「彼女達は、誰が唄い出すともなく、 士官の唄うのにつれて口のうちで跡を つけていたが、だんだん大きくなって 士官の声に和し始めた」

陸軍士官とお嬢さんたちが、シュー ベルトを合唱する。日中戦争下とは思 えないたおやかさが生まれる。女性文 化を愛した谷崎ならでは。

 

〔山の歌、労働歌輪唱の楽しさ〕

 
小津映画にもよく合唱が出てくる。
『お茶漬の味』( 52 年)。木暮実千代演 じる有閑夫人は、ある時、夫(佐分利 信)を家に置いて、友人たち(淡島千 景、上原葉子)と温泉に羽根をのばしに行く。

伊豆修善寺温泉の老舗、新井旅館。   小さなクラス会のようなもの。酒が 入っていい気持になった彼女たちは、 昔、よく歌った歌を歌いだす。
〽すみれの花咲く頃

戦前の宝塚のヒット曲「すみれの花 咲く頃」(原曲はドイツ語で作詞は白 井鐵造)。皆さん、若い頃は宝塚少女 だったようだ。『秀子の車掌さん』で 「春の唄」を歌った女学生たちの大人 になった姿かもしれない。

昭和三十年代は登山ブームだった。 若者たちはよく山へ登った。そして「山 の歌」を歌った。

小津安二郎監督『小早川家の秋』
( 61 年)では、宝田明演じる大阪の大 学の助手が、助教授になって札幌の大 学に行くことになる。山登りの仲間た ちが送別会を開く。彼のことが好きな 女性、司葉子も加わる。

その会で皆が自然に歌いだすのは 「雪山讃歌」(アメリカ民謡、西堀栄三 郎作詞)。
〽雪よ岩よわれらが宿り

当時、もっとも人気があった山の歌。 いまのシニア世代は、若い頃、一度は 歌ったことがあるだろう。

山の歌と並んで当時の若者たちによ く歌われたのは労働歌。歌声喫茶や職 場で歌われた。

高見順原作、家城巳代治監督の『胸 より胸に』( 55 年)では、浅草の踊子、 有馬稲子が、ある時、下町の工場で働 く友人、久我美子の家に遊びに行く。

彼女は職場の仲間たちと合唱団を 作っている。歌うのは、昭和三十年に 労働者自身の手で作られ労働歌の定番 となった「しあわせの歌」(石原健治 作詞、木下航二作曲)。
〽しあわせはおいらの願い

工員たちが明るく合唱する姿は、労 働運動が盛んだった昭和三十年代の希 望をよくあらわしている。

若き日の吉永小百合の代表作、早船 ちよ原作、浦山桐郎監督の『キューポ ラのある街』( 62 年)では、中学生の 吉永小百合が先輩(吉行和子)の働く 工場を見学に行く。

休み時間、工員たちが労働歌を合唱 している。
〽苦しい時には見つめてみよう

これも当時、人気のあった「手の ひらのうた」(伊黒昭文作詞、寺原伸 夫作曲)。「山の歌」の時代、「労働歌」 の時代が確かにあったことが分かる。

合唱で楽しかったのは輪唱。グルー プに分かれ、少しずつ遅れて同じ歌詞 を歌ってゆく。輪唱といえば、「静か な湖畔の森の影から」(スイス民謡と もアメリカ民謡ともいわれている。山 北多喜彦作詞)。
〽静かな湖畔の森の影から
芦川いづみ主演の青春映画、田宮虎 彦原作、滝沢英輔監督の『祈るひと』 ( 59 )では、芦川いづみが友人たちと 先生(内藤武敏)の家へ遊びに行き、 〽カッコー、カッコーと輪唱する。見 ていて思わず参加したくなる。

かわもと さぶろう
評論家(映画・文学・都市)。1944年生まれ。東京大学法学部卒業。「週刊朝日」「朝日 ジャーナル」を経てフリーの文筆家となりさまざまなジャンルでの新聞、雑誌で連載を持つ。 『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京『断腸亭日乗』私註』(読売文学賞)、『林 芙美子の昭和』(毎日出版文化賞、桑原武夫学芸賞)、『映画の昭和雑貨店』(全5冊)『映 画を見ればわかること』『向田邦子と昭和の東京』『それぞれの東京 昭和の町に生きた作 家たち』『銀幕の銀座 懐かしの風景とスターたち』『小説を、映画を鉄道が走る』(交通図 書賞)『君のいない食卓』『白秋望景』(伊藤整文学賞)『いまむかし東京下町歩き』『美女 ありき―懐かしの外国映画女優讃』『映画は呼んでいる』『ギャバンの帽子、アルヌールの コート:懐かしのヨーロッパ映画』『成瀬巳喜男 映画の面影』『映画の戦後』『サスペンス 映画ここにあり』『日本すみずみ紀行』『東京抒情』『ひとり居の記』など多数の著書がある。


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