夜行列車

 ~日本人の心をくすぐる夜汽車という風情~

 

本文で川本三郎さんが紹介する「花嫁」や「どうにかなるさ」のほかにも日本の流行歌には、夜行列車や夜汽車というフレーズがよく使われている。

石川さゆり「津軽海峡・冬景色」、八代亜紀「愛の終着駅」、欧陽菲菲「夜汽車」。 実らぬ恋の思いを胸に、あるいは恋に別れを告げ、 一人で夜行列車に乗り込む女たち。

『男はつらいよ』の寅さんと同じように窓の外に見える家々の灯りを見て、涙を流しただろう。 どこかうつむき加減の人生ドラマを乗せて漆黒の風景を走る夜行列車。 夜汽車という響きには、日本人の心をくすぐる情感があった。

〔夜汽車という言葉が生きていた70年代〕

〽花嫁は夜汽車にのって嫁ついでゆくの……。

一九七一年にヒットした、はしだのりひことクライマックスの「花嫁」。その前年、一九七〇年に、かまやつひろしが歌った「どうにかなるさ」 には、
〽今夜の夜汽車で 旅立つ俺だ よ……とあった。

夜汽車に乗って嫁いでゆく。夜汽車に乗って遠くへ旅に出る。七〇年 代には、まだ「夜汽車」という言葉 が生きていた。歌のなかで哀歓を持っ使われた。

実際、そのころまでは、全国の鉄道には夜汽車(夜行列車)が走っていた。ふらっと夜汽車に乗って旅に出ることが出来た。

それが、新幹線、飛行機の普及と共に、次第に消えていった。高度経済成長期に活躍し、親しまれた青 色の寝台特急「ブルートレイン」も二〇一五年に、姿を消した。

[清張ミステリに登場した ブルトレ第一号]

松本清張の『点と線』は月刊誌「旅」に連載されたあと、一九五八年に光文社から単行本が出版され、大ベストセラーになった。このミステリは、例の「東京駅の四分間の空白」のトリックが話題になったが、トリックの場面で、十五番線のホームに入線していたのは、博多行きの寝台特急「あさかぜ」。『点と線』の連載が始まった一九五七年の前年から運行されたブルトレの第一号である。

松本清張は、新しく登場した寝台特急をさっそく、ミステリに取り入れた。さすが。

松本清張は高度経済成長期、昭和 三十年代に次々に力作を発表していった。そのために、作品にはよく 夜行列車が登場する。

(続きはVol.33をご覧ください)

松本清張の同名ベストセラー小説を映 画化した野村芳太郎監督『ゼロの焦点』 (1961年公開)。脚本を担当したのは橋 本忍と山田洋次。後に映画でもリメイク され、テレビでも何度もドラマ化されてお り、3女優の競演が見どころ。本作では、 久我美子、高千穂ひづる、有馬稲子が女 のそれぞれの悲しさを見せる。失踪した夫 (南原宏治)の行方を追い、乗った金沢 行きの夜汽車の中で蘇る新婚旅行の思い 出。妻(久我)は北陸に行ってみたいと言 う(写真)。明と暗の旅である。ほかに西 村晃、加藤嘉も出演。©松竹

かわもと さぶろう
評論家(映画・文学・都市)。1944年生まれ。東京大学法学部卒業。「週刊朝日」「朝日ジャー ナル」を経てフリーの文筆家となりさまざまなジャンルでの新聞、雑誌で連載を持つ。『大正幻影』 (サントリー学芸賞)、『荷風と東京『断腸亭日乗』私註』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎 日出版文化賞、桑原武夫学芸賞)、『映画の昭和雑貨店』(全5冊)『映画を見ればわかること』 『向田邦子と昭和の東京』『それぞれの東京 昭和の町に生きた作家たち』『銀幕の銀座 懐かし の風景とスターたち』『小説を、映画を鉄道が走る』(交通図書賞)『白秋望景』(伊藤整文学賞) 『いまむかし東京下町歩き』『成瀬巳喜男 映画の面影』『映画の戦後』『サスペンス映画ここにあ り』『日本すみずみ紀行』『東京抒情』『ひとり居の記』『物語の向こうに時代が見える』『「男はつ らいよ」を旅する』『老いの荷風』など多数の著書がある。


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