夏の御馳走、かき氷

かき氷が夏の最高の御馳走だったあの頃

~キーンとくる冷たさと甘い舌の記憶~

 

食べたいものが一年中手に入る現代と違いかき氷が夏の風物詩だった時代がある。

昭和の時代までは、かき氷は夏限定の楽しみだった。

子供にとっては、やはり御馳走で、見た目も涼しげなガラスの器にこんもりともられた、かき氷の山をくずしながら、こぼさないように食べるのは子供にとっては難しく、慎重に口にはこんだものだ。

そのうち、家庭用かき氷機なるものが普及して自分で氷をかきながらいつでもかき氷を食べられるようになったが店で食べるほどおいしさが感じられなかった。
やはり冷蔵庫の製氷機の氷だと味がおちるのかもしれない。

だが、それ以上に、いつでも食べられるものではなかったからこそかき氷が夏の舌の記憶として刻み込まれているに違いない。

〔かき氷が贅沢だった時代〕

 

まだアイスクリームがいまのように普及していなかった時代、庶民の夏の楽しみは、かき氷(氷水)だった。

ガラスの容器にかき氷を入れ、レモンやイチゴのシロップをかけ、匙で食べる。見た目も涼しげだし、氷だから冷たく、いっぺんに汗がひく。

デパートの食堂や甘味処だけではなく、通りの小屋掛けの小さな店にもあった。たいてい、波の絵柄に赤い字で氷とかかれた小旗(氷旗)が掲げられた。

宮本輝の『泥の河』は、昭和三十年ころの大阪の安治川べりを舞台に、小学二年生の男の子を主人公にした小説で、当時の庶民の暮しが懐しく描かれているが、この小説に氷水が出てくる。

子供の両親は川べりに小さな食堂を開いている。客は労働者が多い。主にうどんを出すが、夏になるとかき氷も加わる。

馬車曳きの「おっちゃん」は昼過ぎになると、馬を曳いてこの店にやってくると、馬を店の前に待たせ、弁当を開く。そして「そのあとかき氷を食べてゆくのだった」

昭和三十年ころには、まだ馬に荷車を引かせる馬車曳きがいた。夏は重労働なのだろう。毎日のように、かき氷を食べて暑さをしのぐ。

「おっちゃんは」気のいい男で、信雄という男の子が父親に「氷おくれェな」と言っているのを聞くと「わしのん半分やるさかい、匙持っといで」と親切に声を掛ける。

「一杯のかき氷を、信雄と男は向かい合って食べた」

かき氷が、贅沢だった時代、子供はうれしかっただろう。

昭和二十八年に公開された大映映 画、室生犀星原作、成瀬巳喜男監督の 『あにいもうと』は、多摩川べりに住 む地付きの一家の物語。

父親(山本礼三郎)は多摩川の堤防の石積みをする親方。母親(浦辺粂子) は、川べりで茶店を開いている。パン やまんじゅう、サイダーやラムネ、そ して夏にはかき氷を売る。

夏の暑いさかり、看護婦の学校に 行っている下の娘(久我美子)が母親 の店に帰ってくる。学校は夏休みなの だろう。

炎天下やってきた娘に、母親は何よ りもまずかき氷を作ってやる「。暑かっ ただろう、いま氷かいてあげるからかき氷は夏の最高の御馳走だった。

母親はここで面白いことをする。ラ ムネを一本取りだすと、ぽんと栓を抜 いて「これかけると、さっぱりしてお いしいよ」。氷レモンや氷イチゴなら ぬ氷ラムネ。これはあまり見たことが ないが、確かにおいしそうだ。

かき氷は夏のあいだのもの。母親の 店では夏が終ると、かき氷はやめて、でんに変わる。夏はかき氷、冬はお でん。定番だった。

 

〔大人を子供も帰らせるかき氷〕

 

氷ラムネが出てくる映画がもう一本 ある。

昭和十六年の高峰秀子の子供時代の 作品、井伏鱒二原作の『秀子の車掌さ ん』(原作名は『おこまさん』)。

高峰秀子が山梨県の甲府の田舎町を 走るバスの車掌を演じる。季節は夏。 運転手(藤原釜足。戦時中は、鎌足を もじった芸名が怖れ多いと鶏太に改名)は、町の甘味処でひと休み。

暑いからだろう。かき氷を一人で食 べている。途中で、味が薄くなり、お かみさんの姿が見えない隙に、こっそ りシロップをかける、それを隣りの席 でやはりかき氷を食べていた小さい兄 妹がじっと見る。

ばつが悪くなった運転手は子供たち のかき氷にもシロップをかけてやる。 笑わせる。いたって気はいい。この運 転手がズボンのベルトのところに手拭 いを垂らしているのも懐かしい。近年 はほとんど見なくなったが、昭和三十 年代まではみんなよくこれをしてい た。

バス会社の社長(勝見庸太郎)は、 ワンマンではあるが、面白いところも ある。氷ラムネが好きなのだ。

客が来ると、かき氷を取り寄せ、振 舞い、自分でラムネを開ける。「ポン、 シューツ、というのを聞くのが好きな んだ」。ワンマン社長も子供のよう。

 

〔清少納言も食したかき氷〕

 

氷はいうまでもなく、もともと天然 氷が主。清少納言の『枕草子』に「削 り氷に甘 あまづら 葛を入れて、あたらしき金鋺 (かなまり)(金属製の椀)に入れたる」と、いま でいうかき氷を食する記述がある。天 然氷で当時は貴重品。江戸時代には、富士山の氷が将軍家に献上したことは よく知られている。

人造氷が普及するようになるのは、 明治三十年代になってから。

日露戦争のころ、埼玉県羽生の在の 小学校で代用教員をしている青年を描 いた明治の代表的な青春小説『田舎教 師』(明治四十二年)に、かき氷が出 てくる。

夏。青年は先輩たちに誘われて町 に出来たという湯屋(いまでいうレ ジャー温泉のようなところ)に出かけ てゆく。湯屋のなかにはかき氷屋もあ る。 「氷見世には客が七八人も居て、この 家の上さんが襷をかけて、汗をだらだ ら流して、せっせと氷をかけている。

かき氷が登場する小説の早い例だろ う。

手元の百科事典には、一八九九年(明 治三十二年)、東京の本所業平橋の人 造氷製造工場で日産 50 トンの氷が生産 され、全国に普及していったとある。 その結果、田舎町にも、かき氷を売る 店が出来たのだろう。

昭和十二年に「朝日新聞」に連載さ れた永井荷風の『濹東綺譚』にも、か き氷が登場する。

老作家の「わたくし」は、隅田川の 東、向島の私娼街、玉の井に通い、私娼のお雪と親しくなる。

夏が終わり、九月に入った一日、「わ たくし」がお雪を訪ねると、お雪は氷 白玉を御馳走してくれる。「わたくし」 が、白玉が好きと知っている。お雪 は、店に行くのではなく通りを売り歩 く「氷屋」から氷白玉を買っている。 玉の井のような私娼の家が並ぶ町では こういう商いが成り立ったのだろう。

 

〔夏、一番のおもてなし 〕

 

山田洋次監督『男はつらいよ』にも、かき氷が登場 する。

シリーズ第 13 作「寅次郎恋やつれ」 ( 74 年、吉永小百合主演)。

寅(渥美清)の実家、柴又のとら や( 40 作以降はくるまや)は、だんご 屋であるが、夏になると、かき氷を出 す。客へのサービスの意味もあるのだ ろう。

吉永小百合演じるヒロインの父親、 宮口精二が夏の一日、娘が世話になっ たと、とらやに礼を言いに来る。

この時、おばちゃん(三崎千恵子)は、 氷をかいて、かき氷を作る。

ざっかけないかき氷を客に出す。い かにも気取らない下町らしい。炎天下、 やってきた客には、かき氷は最高の御 馳走なのでは、あるまいか。

 

かわもと さぶろう

評論家(映画・文学・都市)。1944年生まれ。東京大学法学部卒業。「週刊朝日」「朝日 ジャーナル」を経てフリーの文筆家となりさまざまなジャンルでの新聞、雑誌で連載を持つ。 『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京『断腸亭日乗』私註』(読売文学賞)、『林 芙美子の昭和』(毎日出版文化賞、桑原武夫学芸賞)、『映画の昭和雑貨店』(全5冊)『映 画を見ればわかること』『向田邦子と昭和の東京』『それぞれの東京 昭和の町に生きた作 家たち』『銀幕の銀座 懐かしの風景とスターたち』『小説を、映画を、鉄道が走る』(交通図 書賞)『君のいない食卓』『白秋望景』(伊藤整文学賞)『いまむかし東京下町歩き』『美女 ありき―懐かしの外国映画女優讃』『映画は呼んでいる』『ギャバンの帽子、アルヌールの コート:懐かしのヨーロッパ映画』『成瀬巳喜男 映画の面影』『映画の戦後』『サスペンス 映画ここにあり』『日本すみずみ紀行』『東京抒情』『ひとり居の記』など多数の著書がある。


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