浜美枝の箱根時間

~出会いと交流の箱根暮し~

 

出会いは誰の人生にでも大切なファクターであるには違いないが、浜 美枝さんの生活、さらにいえば人生をのぞいたとき、 この「出会い」がさまざまな場面で浮かび上がってくるのである。

人との出会いはもちろんのこと、民俗学との出合い、 初めての骨董・古信楽「蹲(うずくまる) 」をはじめとする道具の数々との出合い、 旅先での古民家との出合いなど、邂逅と呼べるそれぞれの出会いがまた新たな出会いを引き連れ、 浜さんの箱根の家には、 32 年間の「出会い」が蓄積されている。
もしかすると、箱根との出合いそのものが、 浜さんに新たな「浜美枝」との出会いを用意したのかもしれない。 そしてこの箱根の家で、出会いと出会いが深く交わっていくのである。

文=浜 美枝 撮影:ヤスクニ Vol.7(2011.4.1号より)

 

箱根やまぼうし

絵画、着物、骨董などの展示会、さまざまなワークショップから、 お茶会、落語会まであらゆるジャンルのアートの発表の場として 開放。〔住〕神奈川県足柄下郡箱根町箱根141 〔問〕0460-83-1288 http://www.mies-living.jp/ info@mies-living.jp

五感すべてを 呼びさましてくれる 箱根の大自然

 
箱根に家を建てて 32 年になりま す。仕事で山陰に行った時、何かに 導かれたように古民家の解体の現場 に行きあわせ、悲鳴のようなチェー ンソーの音を聞いた私は、その日の うちにその家を譲り受けることを決 めてしまったのでした。実を言うと、 それまで家を実際に建てることまで は考えていませんでした。考えた末 に箱根に家を建てることにしまし た。

箱根は、女優になってからたびた び訪ねて、気になっている場所でした。芦ノ湖が開け、富士山が美しく 見え、そして箱根神社がある聖なる 土地そのものでした。自然豊かな箱 根で、子育てをしたいと切に思いま した。東京とも、電車を利用すれば 気軽に往復できるということも魅力 でした。

ただ古民家一軒分だけでは足りな いというので、全国を旅し、そこで 出合った 12 軒の古民家を求め、すべ て丁寧に解体し、すべての材料を箱 根神社のお神酒で自分の手で1本1 本清め、梁1本床板1枚ムダにする ことなく、この家を建てました。

この家で、4人の子どもを育て、 そして彼らが巣立った今、我が家を「やまぼうし」と改めて名づけ、大広 間を中心にときおり、ギャラリーと して開放しています。

なぜ、ギャラリーと思われるかも しれません。もともと、この箱根の 家は、壊され消えていくだけだった 古民家がしのびなく、その美しさを 何とかとどめ、次世代につないでい きたいという思いで建てた家です。 子育てが終わった今、私的な物にと どめることなく活用することが、こ の家に与えられたもうひとつの役目 のようだと思い始めたからです。
 
我が家の柱や梁には、長い間、 人々を守り続けてきた優しい表情が あります。そしてその家を抱くよう に広がる豊かな箱根の大自然。春の 芽吹き、うっそうと緑がおいしげる 夏、紅葉が錦絵のように美しい秋、 雪に真っ白に染まる冬。そして折々、 芦ノ湖が鏡のように雄大な富士山を 映す姿。青く澄んだ空、冴え冴えと した空気。

ここには日本の美しいものが揃っ ているといっても過言ではないので はないでしょうか。目に映るものだ けではありません。朝の小鳥のさ えずり、梢を渡る風の音、しんとす べての音を吸い込むような雪の日 ……。四季それぞれ異なる表情を見 せる箱根は、五感すべてを呼びさま す場所でもあります。美しく、聖な る場所なのです。そしてここで、新たなアーティストをはじめとする多 くの人との出会いがある……こんな 幸せなことがあるでしょうか。

美術館や 歴史あるホテルのカフェに 流れる豊かな時間

 

箱根の良さは、古いものだけでな く、今を感じさせるもの、そして美 的なものが揃っているということも あげられます。

子育て時代、私は子どもたちを連 れて、よく彫刻の森美術館に遊びに 行きました。こちらの野外美術館に は、ロダン、ブールデル、ミロ、ヘン リー・ムーアなどの名作が緑の中に 並んでいます。子ども時代にこそ、 一流の芸術にさりげなく触れさせた いと思っている私にとって、この美 術館は格好の場所でした。小さかっ た子が少し大きくなると、ピカソ館 にも足を延ばすようになりました。

 箱根湿生花園も見事です。花が好 きな娘たちは、幼いころから花の名 前を確かめながら園内を散策しました。中でも秋、すすきが海原のよう に広がる光景は声を失うほど見事で す。今も、「すすきの季節になった わね。一緒に見にいかない?」娘を 誘うこともあります。

そして芦ノ湖の遊覧船に乗るとい うのも、我が家の一大イベントでし た。また子どもたちは芦ノ湖畔の旧 東海道にそびえる杉並木を通って、 毎日、小学校に通いました。芦ノ湖 で釣りをしたり、森をとびまわった り、我が家の子どもたちは、こうし た箱根で伸び伸びと健やかに育った からでしょう。嬉しいことに、私よ りも植物の名前を知っています。釣 りの極意や花つみの楽しみも。箱 根は、子どもたちにとっても発見が いっぱいの場所で、ファミリーで楽 しめる場所なのです。

そして私のお気に入りの場所はと いえば、箱根・仙石原にある箱根ラ リック美術館です。こちらは、アー ル・ヌーヴォーとアール・デコの時 代に活躍した宝飾とガラス工芸作 家、ルネ・ラリックの作品が楽しめ る素敵な美術館。

 私はラリックの作品が大好きで個 人的にもいくつかいつも傍らにおい ているのですが、箱根という土地に は、ラリックが実はとても似合うの です。より優しくより豊かな表情を 見せてくれるような気がするのです。

箱根ラリック美術館で作品を見つ めていると、いつしかその作品と心 の深い部分で語りあっているような 気持ちになるのも、箱根というエッ センスが実は関係しているかもし れません。そして、この美術館にラ リックがこよなく愛した草花や四季 折々に表情を変えるガーデンも、備 えられているからかも。作品の余 韻を味わいながら、オープンテラス でその庭を眺め、シャンパンを傾け る午後は、今の私の最高のリフレッ シュタイムです。

また箱根には、古くからのホテルや旅館もたくさんあります。子育て 時代から、私はちょっとホッとする 時間を持つために、こうした場所の カフェをよく利用しました。長い 年月、人が集い続けてきた伝統ある カフェに流れる豊かな時間と一杯の コーヒーが心をそっと癒してくれる のを感じます。

ニット・アーティストの 石井麻子さん(左) と浜さん。お 2人の背後に展示されているのが「箱根/HAKONE」 と題されたニットのタペストリー。「 やまぼうし」の空間に 藍色が美しい

囲炉裏を囲むと、 家族も地元の友も遠来の客も、 それぞれ初対面同士が一瞬にして 旧知の仲のように打ち解けます

ある昼下がり、この日の囲炉裏の間のゲストは 、浜 さんが敬愛してやまない民俗学者で「旅の文化研 究所」所長の神崎宣武さんと、神崎さんの友人で 芦ノ湖桃源台にある箱根髙原ホテルの社長・唐 澤信幸さん。神崎さんと浜さんは日本酒の会でもご 一緒で、たまの休日のお昼だからお酒にしましょう、 とまずは 食前酒の梅酒を。囲炉裏の周りには珍味 のへしこ、漬物、浜さんの手料理のひじきや 切干大 根のお惣菜が並ぶ。

我が家の囲炉裏の間は、 人が集い心を交わす場所

 

東京では喫茶店やレストランで友 人と待ち合わせをすることが多いの ですが、箱根では我が家にお招きす ることがほとんどです。
 
そんなとき、私がご案内するの は、手料理と美味しいお酒でゆっく りと寛いでいただける囲炉裏の間。

囲炉裏には、テーブルにはない不 思議な優しさがあります。「まあ、 お座り下さい」と囲炉裏で座布団を すすめ、真っ赤に熾った炭を間に 相対すると、初めて出会った人とで も、心の垣根がすっと消えて行くの を感じるような気がするのです。陶 芸家、写真家、画家、学者……そう した肩書きの枠を超えて、話題は文 化・芸術から旅先のエピソードやお 国自慢まで。みなさんの目が少年や 少女のころもかくやと思わせるほど 輝く場所でもあります。
 
我が家の家族も、何かというと、 囲炉裏に集合します。子どもたちと、囲炉裏で年越しをするのも慣例でし た。箱根の家に暮らすようになって 数回目の大晦日の晩、我が家の電気 が突然消え、家じゅうが闇に包まれ たことがありました。停電でした。 幼い子どもたちは悲鳴をあげ、囲炉 裏の間に集まってきました。あわて てトランジスタラジオをつけ、手元 にあった和蝋燭に火を灯し、四隅の 和蝋燭の明かりがようやく定まり、 みんなが囲炉裏を囲んだ途端、ラジ オから除夜の鐘が聞こえてきたので す。あのときほど、神聖な気持ちに なったことはありません。以来、大 晦日の晩には、家の電気を消し、和 蝋燭を灯すのが我が家の習慣になり ました。和蝋燭の灯りの下、私は今 も大晦日には囲炉裏の神様に感謝を 捧げ、火種に灰をかぶせます。そし て日付が変わり新年を迎えると、飛 騨から取り寄せた豆ガラに火を移 し、「今年もマメで元気で暮らせま すように、不滅の火のように頑張れ ますように」と願います。

この間、旅先で、囲炉裏の形が持 つ意味を聞くことができました。囲 炉裏がなぜ四角なのかというと、そ れは正面を向き合って話すためのも ので、真四角こそ、日本の知恵から 生まれた形なのだそうです。上質な 木材を探して歩く木地師たちは4人 でひとつの囲炉裏を囲み、5人にな ると、もうひとつ囲炉裏を切るのだとか。厳しい自然の中で共に生き抜 くために、互いの目と目を見つめ、 腹を割って話す、そのための囲炉裏 でもあるというのです。人が集う囲 炉裏という素晴らしいしつらえを作 り上げた日本の美しい文化の奥深さ を、思わずにはいられません。

伝統を受け継ぎ 箱根に新たな風を 吹き込む若い世代

 
箱根には天然木材の豊かな色彩と 木目を活かして寄せ合わせ、幾何学 模様を作り出す箱根寄木細工や、絵 画や図案を嵌め込んで表現する箱根 木像嵌の工房もあります。中には伝 統の技に加え、これまでの寄木細工 の範疇に収まらない斬新な作風のモ ノを作り出す若い世代も生まれつつ あります。伝統の技には、そこに住 む人たちが培ってきた文化が詰まっいます。その伝統の技を継承する だけでなく、新しい風を引き入れ、 新たな魅力を加えて行く……伝統と は常に何か新しいものを身につけな がら、次世代へと受け継がれている ものなのではないでしょうか。箱根 にはそうした技や文化を育てていく 土壌もあるのです。

これほど魅力がたっぷりの箱根に 魅せられたのは、私だけではありま せん。私の韓国の友人の娘・スン ちゃんは、箱根の我が家を訪ねるう ちに、箱根が好きになり、ついに一 家で引っ越し、宮ノ下に韓国家庭料 理「マダム・スン」をオープンしま した。食通の家で育ったスンちゃん の韓国家庭料理は目に美しく、体に 優しく、洗練された味わいが特徴で す。なかでも私のお気に入りはチヂ ミにビビンパ、そして、ちゃぷちぇ。 ほっと優しい味わいが、箱根に意外 なほど似合う気がします。

私の次男も、アメリカの大学を卒 業後、大手企業に勤めていたのです が、やはり箱根に住みたいと、箱根 の家「やまぼうし」の運営を担って くれるようになりました。

箱根は、万葉集にも登場するほ ど、古くから西と東を結ぶ要所。今 も昔も人が行き交い、人が集う場所 です。私はこれからも箱根を愛し、 暮らして行きます。箱根の古いもの と現在をともに味わい、仲間やアー ティスト、そして家族との交流を楽 しみながら。

 

浜 美枝

1943年、東京生まれ。60年東宝より女優 デビュー、数多くの 映画やテレビドラマに出 演し、67年には映画『007は二度死ぬ』 でショーン・コネリーと共演。また 75年には 「小川宏ショー」( フジテレビ)の司会を、 80年に「いい朝8時」( 毎日放送)で八木 治郎とともに 司会を務め、お茶の間の顔に なった。01年より文化放送ラジオ「浜美 枝のいつかあなたと」( 日曜10:30~11: 00)に出演中。現在、農林水産省などの 各審議委員として「農・食・文化の継承」 について積極的な活動を展開中。10年4 月からは近畿大学総合社会学部客員教 授という新たなフィールドにチャレンジ。『 逢 えてよかった』( 文化出版)、『 マナーはお しゃれに』( 開隆社)、『 美しい暮らしを探す 旅人』( 求龍堂)、『 私の骨董夜話』( リヨ ン社)、『 凛として 、箱根暮らし』( 主婦の友 社)など多数の著書がある。


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