映画女優 倍賞千恵子

~庶民の女性の慎ましい人生を等身大で映し出す清潔な色香~

 

昭和の銀幕の女優たちのなかでも日本女性の美さを等身大で表現できる女優、
庶民派ヒロインを演じられる女優として親しまれる、倍賞千恵子。
かつて山田洋次監督が、「無個性という個性をもった女優」と、評したことがある。なるほどと思わせる女優評である。
倍賞千恵子を語るとき、ほとんどの人が 『男はつらいよ』シリーズでの寅さんの妹「さくら」を挙げるだろう。
確かに、26 年間、48 作続いた国民的映画ともいえる同シリーズで それこそ〝国民の妹〞として愛され続けた女優ではある。
しかし、倍賞千恵子の魅力を語る映画はそれだけではない。
約170本にもおよぶ出演映画の中にはさくらとはまた違う魅力を発散している倍賞千恵子が居る。
この9月、4週間にわたり「女優・倍賞千恵子」の特集上映が組まれる。上映される全 17 作品を、ここでご紹介しよう。
現在も第一線で活躍する女優の本質のようなものにきっと出会えるはずである。

文=米谷紳之介

企画協力・写真提供=松竹株式会社

『男はつらいよ』

女優、歌手。東京生まれ。1960年、松竹音楽舞踊学校を主席で卒業、同年、松竹歌劇団(SKD)に入団。61年、松竹にスカウトされて同年『斑女』で映画デビュー。62年には「下町の太陽』で歌手デビューし、日本レコード大賞新人賞を受賞、翌年にはNHK紅白歌合戦に初出場、66年まで4年連続出場している。現在も映画、テレビ、舞台と多方面の第一線で活躍を続けている。主な出演作には映画(今回紹介した作品以外に)『さよならはダンスの後に』『純情二重奏』『花の舞妓はん』『暖流』『家族』(『男はつらいよ 望郷篇』との2作でキネマ旬報、毎日映画コンクール主演女優賞、芸術選奨文部大臣賞)『同胞』『故郷』『幸福の黄色いハンカチ』『駅 STATION』(キネマ旬報、毎日映画コンクール主演女優賞)『旅路』『植村直己物語』『キネマの天地』『虹をつかむ男』『隠し剣鬼の爪』『ホノカアボーイ』『座頭市 THE LAST』 『ハウルの動く城』(声優)など、テレビドラマ「太陽ともぐら」「幸福相談」「あにいもうと」「あにき」「松本清張の顔」「まんさくの花」「あまく危険な香り」「友だち」「すずらん」など、舞台『スカーレット 風と共に去りぬ』『蒼き狼』『春の嵐』『キスミー・ケイト』『屋根の上のヴァイオリン弾き』(菊田一夫演劇賞)など 多数の出演作がある。歌手としても精力的に活動を続け、現在も全国でコンサートを開催している。05 年紫綬褒章、13年旭日小綬章受章。

男はつらいよ』シリーズの 真のヒロイン、さくら

もし、ぼくが画家で、倍賞千恵子の肖像画を描くとしたら、誓って横顔を描く。正面から見ても魅力的だけれど、彼女の女優としての美しさは横顔にこそ表れていると思うからだ。

いかにも聡明そうなオデコの曲線。 きりっと涼しい目。眉間からまっすぐ伸び、先っぽでゆるやかなカーブを描く優雅な鼻筋。小さく閉じた意志の強そうな唇。耳から形のいいアゴへと描かれるシャープな線……。ルノワールのような柔らかい筆致で少女のような可憐さを表現してもいいし、ミュシャが舞台女優を描いたアールデコのポスター風に華やかに描いてもいい。

彼女の横顔に、惚れたのは、もちろん『男はつらいよ』のさくらが最初だった。旅から帰ってきた兄・車寅次郎の話に耳を傾ける思慮深い横顔。故郷の柴又から旅立つ寅次郎を見送る優しい横顔。『男はつらいよ』シリーズ には毎回、美人のマドンナが登場した が、二十六年の長きにわたったシリーズを貫く真のヒロインは、まちがいなくさくらである。倍賞千恵子の横顔に 浮かぶ母性と包容力がさくらを年下の母親のように見せるのである。

なかでも第一作『男はつらいよ』( 69 )はさくらのヒロイン性が際立っている。

家を飛び出してから二十年も顔を見せなかった寅次郎は生家の団子屋「と らや」にふらっと帰ってくると、次々に騒動を起こす。自ら付き添い役を買って出たさくらのお見合いをめちゃくちゃにし、さくらと博(前田吟)の 恋まであやうく壊しそうになる。最後はさくらと博の、笑いも涙もたっぷりのドタバタ結婚式。何度見ても興奮さ せられる上出来の喜劇の中心にさくらがいる。
公開当時、この映画がギネス記録にも認定される人気シリーズになるとは、倍賞千恵子だけでなく、主演の渥美清も山田洋次監督も想像しなかったはずだ。ぼくたち寅さんファンはそれだけ長く幸福な時間を味わうことがで きたわけだが、続くことが役者の重荷となっていくのは容易に想像がつく。

シリーズも十作を超えた頃には『男 はつらいよ』は盆と正月の季語とな り、「倍賞千恵子イコールさくら」と いう日本人の共通認識もでき上がる。 ファンが抱くイメージから逃れられ ないばかりか、オフに買い物をしてい ても「この服、さくらに似合うかしら」 と、気がつけばさくらの目線になってしまう自分が嫌で、悩んだ時期もあっ たと自著『お兄ちゃん』には記されている。

『酔っぱらい天国』

『横堀川』 当時NHKで放送中の南田洋子主演のドラマを映画 化したもので、大庭秀雄監督、倍賞の主演で1966年 に公開された。原作は山崎豊子の『花のれん』(寄席 物)と『暖簾』(商い物)。『花のれん』は淡島千景で、 『暖簾』は森繁久彌で映画化されている。船場の昆 布商の大店の娘が嫁ぎ、いずれは寄席の経営を始め る女の半生モノで、倍賞が演じるのは『花のれん』の 淡島の役どころ、放蕩者の夫に中村扇雀(現・坂田 藤十郎)、『暖簾』で森繁が演じた役に山口崇の他、 2代目中村鴈治郎、小沢昭一、浪花千栄子、田村高 廣、香山美子ら、役者がそろった。

『離婚しない女』 倍賞千恵子・美津子姉妹が一人の男(萩原健 一)をめぐり火花を散らすという役どころで共演し た1986年の神代辰巳監督作品。千恵子が愛に 積極的な女、美津子がなかなか一線を越えられ ない女と、どちらかといえばイメージを逆転させた ような役どころが話題になった。ショーケンは釧路 の千恵子と根室の美津子の両方と愛をむさぼり 続けるという役。原作は連城三紀彦で、夏八木 勲、伊武雅刀、池波志乃、神保美喜らが共演。


特別企画「女優・倍賞千恵子」

開館10周年を迎えた名画座・神保町シアターにて、今回の特集で紹介した倍賞千恵子の出演映画17作品が、4週間にわたり上映される。なかなか見る機会がない珍しい作品もライ ンナップされている企画で、倍賞千恵子という女優のさまざま な魅力を味わうことができる。

神田神保町の名画座・神保町シアターは、おかげさまで今年開館10周年を迎えました。昭和30年代の古き良き日本映画を中心に、古くは戦前のサイレントから80 年代の娯楽大作まで、今もなお昔ながらのフィルム上映を行っております。これまで当館では、山田五十鈴、 高峰秀子、原節子といった昭和の名女優の特集上映 に取り組んでまいりましたが、この秋に「女優・倍賞千恵子」特集上映を開催させていただくことになりました。 高度成長期の日本を支えてきた世代にとって、『下町の 太陽』のヒロインを演じた倍賞さんは、まさに太陽のような存在でした。日本映画の黄金期を支えてこられた庶民派スターとしての顔、そして、シリアスな演技が高く評価された松本清張原作『霧の旗』や、女優賞を総なめにした『遙かなる山の呼び声』などでみせる演技派の顔 と、時代を経て、幅広いファン層に愛され続けてきた国 民的女優。『男はつらいよ』シリーズの「さくら」役だけ ではない、女優・倍賞千恵子の魅力を存分に味わっていただきたいと思います。 文・佐藤奈穂子(神保町シアター支配人)


〔開催期間〕9月2日(土)~29日(金)
〔会場〕神保町シアター
〔料金〕一般1,200円、シニア(60歳以上)1,000円、学 生800円
〔住所〕千代田区神田神保町1-23
〔問い合せ〕03-5281-5132

倍賞千恵子著『倍賞千恵子の現場』

PHP新書より、倍賞千恵子さんが映画や歌の現場で出会ったすてきな人々のこと、女優という仕事、歌手という仕事のことなどを、さまざまなエピソードを交えて綴った一冊が発行される。 渥美清さん、高倉健さんをはじめとする名優たち、山田洋次監 督をはじめとする名監督や凄腕スタッフたち……。倍賞さんの 人生に関わった人々のとっておきの裏話が披露される。また演じること、歌うことの醍醐味が綴られている。 予定価格:900円+税 発売予定日:7月15日


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