江ノ電、100年目のスケッチ

江ノ電が開業した明治三十五年、その開通区間は藤沢から片瀬(現・江ノ島)まででした。
藤沢―小町(鎌倉)の開通をみるのは明治四十三年ということで、2010年(平成22)は全線開通から一〇〇周年に当たります。
そこで一〇〇年目の春を探しに江ノ電沿線の町へとアーサー・ビナードさん、木坂 涼さんの詩人のご夫妻と出かけてみました。
今も変わらず歴史の中で静かに佇む町の姿、冬の名残りの景色の中で聞くウグイスの初音にご夫妻の新たな鎌倉早春物語が綴られていきます。
それは明治の人々が感じた同じ情景、時間なのかもしれません。
まだ浅きとはいえ、海辺の景色に、風の色に、空気の匂いにと春の気配がそこかしこに感じられる季節。
春のうららの江ノ電の町からの季節便りです。

撮影:岡倉禎志 取材協力 江ノ島電鉄株式会社 Vol.4(2010年4月1日号)より
文:アーサー・ビナード&木坂 涼

木坂 涼(以下R) 旅は一種の「縁結び」ともいえるわね。出かけて、移動している間はさほど感じないかもしれないけど、帰ってきてから、その土地の出身の人に出会ったり、その旅先のことがニュースになったりすると、他人事じゃなく、本当に身近に感じられる。
アーサー・ビナード(以下A) 今回の江ノ電めぐりの場合は、そんな関連ニュースが驚く早さで追いかけてきたんだ。夜遅く東京のわが家に戻り、翌朝起きてみると「鶴岡八幡宮の大銀杏、強風で倒れる」との一報。一千年ばかり鎌倉の空気を樹皮で感じて、市井の人々を見守ってきたあの巨木が、もう立っていないのか!
 しかもこれまでは、鎌倉へ足をのばせば必ず鶴岡八幡宮に立ち寄って大銀杏を仰いでいたのに、今回は少し的をしぼって、江ノ電沿線の自分たちにとって「未踏の地」を歩いたから、大銀杏には会いに行かなかった。
 まったくね、とんでもない「素通り」をしちゃったな。いつでも会えると思っていると……。
 倒れた幹を植え替えるとか、地中に残った根っこから新しい木を育てようかとか、「再生作業」がもう本格的に進められているらしいけど、次回の江ノ電めぐりは、その見学から始めなくちゃね。
        *
A 大銀杏の代わりに、といったら語弊があるかもしれないが、今回の旅では久しぶりに大仏に会った。鉛色の空の下、静かに座していて、あれほどの巨体なのに威圧感がまるでない。そこが鎌倉大仏のすごさだと思う。
R 与謝野晶子が「かまくらや みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におわす夏木立かな」と歌っている。たぶんその威圧感のない優しさを、「美男」というあたりで表現しようとしたのかも。イケメン的な「美男」というよりも。
A たしかに、真正面から、あるいはちょっと斜め向かいから眺めると、優しそうでなかなかいい男だ。でも後ろへ回って見れば、背中はある種の悲哀を醸す。大仏の重荷の辛さが垣間見えるような。
 もし後姿だったら「釈迦牟尼は猫背におわす夏木立かな」かしらね。
 厳密にいうと「釈迦牟尼」じゃなくて「阿弥陀如来」だけど、ま、そこを直すと字余りになってしまう。鎌倉の大仏は、日本の詩歌のみならず、英文学にも場するインターナショナルな存在で、たとえば『ジャングル・ブック』の生みの親、ラドヤード・キップリングも詩に書いている。六十行に及ぶその作品のタイトルは、ずばり〝Buddha at Kamakura〞
R キップリングは二十代のころ、妻のキャリーと二人で日本へ来た。あれはハネムーンだった?
A そう。結婚した一八九二年のことで、短い滞在だったけど、大仏に魅了されたらしく、詩ではこう綴っている。「ねずみ色の着物に、華やかな帯をしめた蝶ちょたちが/この偉大な師の目の前を軽やかに舞う。彼はそんな神秘を/超越して微動だにしないが、愛情あふれる眼差しを/鎌倉のみんなに注いでいる」
 となると、キップリングは大仏の中には入らなかったのかも。詩を読むとそんな印象を受ける。
 ぼくもそう思う。当時は入れてもらえなかったのか。ともかく大仏の背中の、肩より少し下の左右に、換気口を兼ねた二つの扉が目に入ると、絶対だれでも中を覗いてみたくなるもんな。
R 「胎内拝観」は別料金二十円かかるけど、十円玉二個で、こんなにおもしろい視点が得られるなんて。
 十九年前、来日したてのぼくは鎌倉へ出かけ、初めて大仏を目の前にして、その内臓がどうなっているなんてちっとも考えず、ただただ面食らっていた。ところが、左の脇っ腹から中へもぐれる入り口に気づき、入ってみたんだ。空洞か! されどなんとも偉大な空洞だ。その当時も二十円だったろうか。
 お腹の中でも、大仏は威厳を保っているわよね。鎌倉時代の職人たちがどうやって銅版をつないだか、その技術と工夫も分かって、親しみがさらにわく。しかも頭のクリクリヘアスタイルも、ちゃんと頭の内側にポツポツと現れていて、愛嬌まで感じる。
        *

鎌倉大仏殿高徳院   源頼朝の侍女であったといわれる稲 いなだのつぼね 多野局が発起し、僧浄光が勧進して造っ たとされる、零細な民間の金銭を集めて成った阿弥陀仏であり、国家や王 侯の権力を示すために造られたものではない。初めは木造で暦仁元年(1238) に着工、6 年で完成したが大風で倒れ、再び資金を集め建長4 年(1252) に至って現在の青銅の像を鋳造した。大仏背後の敷地内には「かまくらや みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におわす 夏木立かな」と詠んだ与謝野晶 子の歌碑がある。 〔住〕鎌倉市長谷4-2-28 〔問〕0467-22-0703 〔拝観時間〕7:00 ~ 18:00 (4 月~ 9 月)、7:00 ~ 17:30(10 月~ 3 月)※大仏胎内拝観時間は8: 00 ~ 16:30 〔 拝観料〕一般・高校生・中学生 200 円、小学生 150 円※ 大仏胎内拝観料は別途20 円

A 大仏の胎内にひたってから長谷駅まで歩いて、再び江ノ電に乗ると、なるほどこの電車も鎌倉の町の胎内を走ってるなぁって思えてくる。
 本当ね。家々の軒先をかすめて、裏庭の花々をかき分けて、江ノ電の線路が鎌倉人の生活そのものを縫って進んでいくよう。
 先頭車両に乗って窓外をじっと見ていると、ときどき「お邪魔します」といいたくなってしまう。窓から手をのばしたら、干してある洗濯物に届くんじゃないかと、それくらい暮らしにとけ込んだ公共交通手段だ。
 かと思えば、海岸に出るとパッと視界が開けて、はるばる太平洋を旅している気分で、ウキウキもしちゃう。
 その江ノ電が今年、ちょうど全線開通百周年を迎えるという。一世紀も走ってるんだ! と感心はするけど、大仏や大銀杏の時間軸を当てはめればまだ尻は青い。
 そういった「大物」に限らず、鎌倉のおいしい和菓子屋に比べても江ノ電は若い。長谷駅と極楽寺駅の中間にある「力餅家」は、元禄年間から営業しているんでしょ? つまり江ノ電のざっと三倍。
 力餅家のガラス戸をガラガラと開けて、その引きしまったあんころ餅の上品な甘さを味わいながら、ご主人から店の由来を聞く。そこからまた町をぶらぶら歩いて、近くの御霊(ごりょう)神社の境内にお邪魔すると、そこにも「力餅家」の文字が。
 あのつながりは楽しかったわね。武士たちが昔、力比べに使った「袂石」と「手玉石」を囲う玉垣を寄進したのが、「力餅家」の今のご主人の曽祖父。碑に名前が刻まれていた。
A それに、かつての弓道の大会で、金的を射た者を記念する額が本殿に飾られ、やはり「力餅家」と記されてあった。ぼくらは「ゆきずりの人」にすぎないけど、その土地に根を張った人々の中に分け入り、いつの間にか自分もつながっている感覚を持つ。

 それは、実際にそこに出かけなければ得られない感覚ね。今回、鎌倉文学館へ行くとき、無人駅の由比ヶ浜で降りて、ホームでモタモタしていたら、掃除のおじさんが箒を左手に、江ノ電沿線の無料イングリッシュ・マップを右手にやってきてくれた。
 彼の案内はなんとも愉快だったなぁ。「バラが咲いてるころに来れば最高なのに」って、満面に笑みをたたえていった。
 あの人柄は忘れられない。今日も無人駅をせっせと掃除をして、きっと観光客に話しかけてると思う。
 ガイドブックやネットで調べたりすると、情報は把握できる。でも、出会いは足を運んでこそだ。
 鎌倉文学館では、「ゆかり」が全体のテーマというか、前提になっていて、鎌倉に住んだりかかわったりした文学者たちの資料を展示している。
 旧前田侯爵家別邸だけあって、建物も窓からの眺めも素晴らしい。展示物を見て、中原中也が鎌倉の病院で没して「鎌倉ゆかりの文学者」の仲間入りをしていたことを、初めて知った。
 それなら、もし文学館を出て坂道で転んで、市内の病院に入れば、「鎌倉ゆかりの人」になるのかも?
 縁起でもない話だ。転倒よりは作品で「ゆかり」が作れたらいいが……。ダメならその裏技もありか。
 鎌倉の町では修学旅行生をずいぶん見かけたけど、江ノ島は、遠足の思い出を持つ人も多いと思う。
 今回の旅でも、ぼくにとって一番鮮やかな記憶は、江ノ島が舞台だ。駅前でパンを買って、それをかじりながらスバナ通りをぼんやり歩いていたときの、ものの一、二秒のできごと。いきなりポンと頭の後ろを軽く打たれて、びっくりする間もなく右手のパンのかけらをひょいっと取られた。あとはトンビの大きな翼がすーっと空に高く上昇……。
R あれは見事な曲芸飛行だった。まさにトンマが、トンビに油揚げならぬパンをさらわれた瞬間だった。

鎌倉文学館
鎌倉ゆかりの文学者の著書・原稿・愛用品などの文学資料を収集保存し、展示することを目的に昭和60 年に開館。初代館長は作家の永井龍男だった。本館と敷地は、以前、加賀百万石藩主前田利家の系譜である旧前田侯爵家の鎌倉別邸で、今に残る洋館は16 代当主前田利為氏が昭和11 年に完成させたもの。明治時代には当時皇太子の大正天皇ほか皇族の人々も来遊し、昭和39 年からは佐藤栄作元首相が借り、亡くなるまで週末の保養地としていた。また、三島由紀夫の小説『春の雪』に登場する侯爵家の別荘の建物のモデルになった建造物でもある。多くの文人たちが訪れ、また居を構えた鎌倉の地ならではの施設である。

〔住〕鎌倉市長谷 1-5-3 〔 問〕0467-23-3911 〔 開館〕9:00~17:00(3月~9月)、9:00~16:30(10月~2月)※入館はそれぞれ閉館 30 分前まで 〔 休〕月曜(祝日の場合は開館、翌火曜休館)、12 月29 日~ 1 月3 日、展示替期間、特別整理期間など 〔 観覧料〕収蔵品展(12月~4月):一般 300円、小中学生 100円、企画展(4 月~ 12 月):一般300 ~ 400 円、小中学生100 ~ 200 円

大佛茶廊
鎌倉文士であり、古都保存法の成立に寄与した作家・大佛次郎が茶亭として使用しており、旧大佛次郎茶亭として親しまれている。茅葺き屋根と数奇屋風の造りの建物は大正8 年頃のものとされ、趣のある門と板塀の続く路地は「かまくら景観百選」に選定されている。大佛次郎はここをもてなしの家として所有しており、編集者や歌舞伎役者、里見弴や横山隆一ら鎌倉文士を招いて月見の宴などを催していたという。オーナーの野尻芳英さんは大佛次郎の長兄で天文学者と呼ばれる野尻抱影の孫に当り、珈琲やシャンパンを味わいながら、大佛次郎が愛したこの家で静かな時間を過ごしていただければと言う。パン・ド・ジェーヌ(フランスの伝統的な焼き菓子)付で熟成珈琲1,500 円(庭園席は1,300 円)、シャンパン・ブリュット フルボトル8,000 円(ハーフボトル5,000円)など。

〔住〕鎌倉市雪ノ下1-11-22 〔問〕0467-22-8175(土日祝日専用) 〔営〕12:00 ~日没頃まで 〔休〕月曜~金曜(祝日は営業)

イル キャンティ ビーチェ
海と江の島を180 度のオーシャンパノラマで眺めながら食事をするのに絶好の、相模湾のビーチに直結したイタリアンレストラン。イタリア料理の定番メニューはもちろんのこと、江の島名物のしらすなどをイタリアンにアレンジした「江の島イタリアン」を楽しむことができる。前菜なら、しらすのキャンティ特製洋風刺身ソースカクテル(1,029 円)やジェノバ風しらすの釜揚げ(1,029 円)、ガーリックソフトクラブ(M 976 円、L 1,365 円)など。ピッツア、スパゲティ、サラダなどはサイズがM、L、LL の3 種類あり、生ウニ1箱まるごと使用のウニ・マルゲリータ(1,575円、2,310 円、3,465 円)、しらすピッツア(1,420 円、2,040 円、2,600 円)、新鮮な海の幸を自慢のドレッシングで味わうカリブ サラダ(1,029 円、1,659 円、2,184 円)、ギリシャのスパゲティ(1,449 円、1,974円、2,520 円)、サルディニア名物からすみをたっぷり使ったスパゲティ ボッタルガ(1,659 円、2,289円、2,961 円)など。江ノ電藤沢駅のホームに手書きの黒板メニューが架かっている。

〔住〕藤沢市片瀬海岸2-20-3 〔問〕0466-26-0234 〔営〕11:00 ~ 22:00(L.O.) 〔休〕無休

ホテルニューカマクラ
江ノ電鎌倉駅から徒歩1 分のところに位置する素泊り専用のホテルで、大正13 年に創建され、戦前までは山縣ホテルとして営業されていた鎌倉で最初のホテルでもある。関東大震災前は京都の料亭平野屋の支店・貸別荘であり、大正12 年8 月、当時すでに文壇の花形であった芥川龍之介が避暑をしていたとき、やはり避暑のため一家で鎌倉を訪れた岡本かの子とこの場所で運命的な出会いを果たしている。岡本かの子の『鶴は病みき』には、芥川の印象と追慕とが、平野屋での出来事を題材として綴られている。玄関脇の月桂樹は大正天皇のご生母・柳原愛子(やなぎわらなるこ)さま(歌人・柳原白蓮は姪にあたる)お手植えのもの。この館の目鼻立ちともいえる昔ながらの上げ下げ窓をはじめ随所にクラシックな味わいが見られるホテルである。バス付客室の新館もいいが、大正ロマンに思いを馳せながら本館での一夜を味わっていただきたい、とオーナー・西村和素さんのご子息で支配人の西村務さんは語る。

〔住〕鎌倉市御成町 13-2 〔 問〕0467-22-2230

力餅家
長谷から極楽寺へ向かう道すがらに出会った店で創業はなんと元禄3 年ということ。鎌倉一の老舗ともいわれている。安齋正好さん・陽子さんは9 代目のご夫婦である。現在の家屋は戦後建てられたものだが、長谷寺の山門などを造った宮大工の手によるものらしい。江戸時代は茶店を営んでおり、江の島詣(江戸時代には店がある坂ノ下あたりから江の島まで舟が出ていたという)や、極楽寺に参詣する客で賑わった。名物の力餅は、近くの御霊神社の境内にある手玉石を模した菓子で、通常は白餅を使うが、2月後半から5 月半ばくらいまでは蓬の草餅になる。10 ケ入650 円、16 ケ入1,050 円、28 ケ入1,850 円など。また御霊神社の宝物庫に安置されている11 の面を模った福面まん頭は1 ケ165 円で11 種類ある。

〔住〕鎌倉市坂ノ下18-18 〔問〕0467-22-0513 〔営〕9:00 ~ 18:00 〔休〕水曜、第3 火曜

鎌倉 丸山亭
1980 年創業のフレンチ・レストランで、オープン以来シェフを務める花塚憲一さんの進取の気性に富んだ料理と、渡部 勝総支配人の客の料理やワインの好みまで知り尽くした行き届いた心配りが、住民に愛されており、客の80% が地元の人々というのも頷ける。このレストランの味ともてなしに魅せられた鎌倉文士たちも多く、里見弴、中村光夫、米原万理、渋澤龍彦らの舌を喜ばせ、井上ひさしさんも顧客の一人である。ランチは2,600 円、3,800 円、6,000 円(パン代含む・税込)、シェフおまかせのフルコース8,400 円(サービス料10% 別途)の4コース、ディナーは3,800 円の軽めのコースから、5,200 円、7,800 円、10,500 円(いずれも税込・サービス料10% 別途)の4 コースほか、ア・ラ・カルトも充実。作っていただいたのは、春らしいオードブル4 種(トコブシなど貝類とワカメのシェフオリジナルソース和え、雛鶏のガランティーヌなど)、メインが真鯛・蛤・ホタテの春仕立て、デザートはバラのヨーグルトムースと木苺のゼリーのケーキ仕立て、桜のシャーベット添え。

〔住〕鎌倉市御成町14-1 〔問〕0467-24-2452〔営〕11:30 ~ 14:30(L.O.)、17:30 ~ 20:30(L.O.) 〔 休〕月曜(祝日は営業、翌火曜休み)

アーサー ビナード
詩人。米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学で英米文学を学び、卒業と同時に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞、『日本語ぽこりぽこり(小学館)で講談社エッセイ賞、『ここが家だ――ベン・シャーンの第五福竜丸』(集英社)で日本絵本賞を受賞。詩集に『ゴミの日』(理論社)、絵本に『くうきのかお』(福音館書店)、『はらのなかのはらっぱで』(フレーベル館)、翻訳絵本に『はじまりの日』(岩崎書店)、エッセイ集には『日々の非常口』(新潮文庫)など。文化放送と青森放送でラジオ・パーソナリティも務める。

きさか りょう
詩人。埼玉県生まれ。現代詩花椿賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。主な詩集に『木坂涼詩集』(思潮社)、『音の方舟モーツァルト』(未知谷)、『ひつじがいっぴき』(フレーベル館)。エッセイ集『ベランダの博物誌』(西田書店)。児童書の仕事も多く手掛け、絵本に『はたらくんジャー』(フレーベル館)、『あいうえたいそう』(偕成社)、『からだのなかでドゥンドゥンドゥン』(福音館書店)。翻訳絵本に『きんぎょ』『すき』(共にセーラー出版)、『ともだちからともだちへ』(理論社)、『ぜったいたべないからね』『ハエくん』(共にフレーベル館)などがある。


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