中川龍太郎の町田~オリジナルを生み出す場所に触れる~

町田散歩は今回で2回目となる。前回は2009年、第2号で作家の常盤新平さんとともに ──昭和の面影を訪ねて──という趣で実施した。常盤新平さんも、2013年に鬼籍に入られた。あれから8年、町田はどのように様変わりしているのだろうか。
今回、町を歩いて嬉しかったのは、当時訪ねた5軒の店が今も元気だということ。
常盤新平さんと歩いたあの頃を思い出しながら町田ゆかりの映画監督であり詩人の中川龍太郎さんと今再びの町田へ。
20 代の中川龍太郎さんの目には、町田はどのように映るのだろうか。

文=中川龍太郎
photograph by Ayumu Gombi

高校時代、繁華街といえば町田だった。
 
繁華街といっても、際限なく広がっている新宿や渋谷とはわけが違う。歩けば必ず同級生たちと会ったものだ。誰かが女の子と歩いているのを発見した日には大変だ。彼は翌日には厳しい詮議と査問の対象になる。

とはいえ、進歩的な同級生たちは 町田を出て都心か横浜に行っていた。東京とも神奈川ともつかない中途半端なイメージとともに、僕たちは町田を出たがり、しかし同時に安心感も覚えていたのではなかったか。 放課後、家に帰るのがなんとなく嫌で、かといって勉強するわけでも、 部活動に打ち込むわけでもなかった僕は、友人と際限なくお喋りばかりをしていた。その合間に僕は詩のようなものを書くようになっていった。友人と語る中で、話すだけでは埋められない余白が自己の内側にあることを発見していき、その疼きが僕に言葉の連なりを書かせた。

17 歳のとき、『雪に至る都』という詩集を出版した。

本を出す前後、知識や芸術を熱望する心は次第に強くなり、僕もまた町田より新宿や渋谷のより大きな書店やレンタルビデオ店、それから映画館に通うようになった。  

それから10 年、今もまだ僕は町田を出られてはいない。当時お喋りをしていた同級生や先輩たちと小さな会社を町田に創り、そこに所属して僕は映画を作っている。

なかがわ りゅうたろう

映画監督、詩人。1990年、川崎市生まれ。慶應義塾大学文学部 国文学科卒業。高校在学中に詩集『雪に至る都』を出版。詩人としては、やなせたかし主宰「詩とファンタジー」誌などを中心に活動。 09年には『椅子』で「詩とファンタ ジー」年間優秀賞を最年少で受賞。大学進学後、独学で映画製作を開始。12年、自主制作で監督した『Calling』がボストン国際映画祭で最優秀撮影賞受賞、『雨粒の小さな歴史』がニューヨーク市国際映画祭に入選。14年に『愛の小さな歴史』 が、15年に『走れ、絶望に追いつかれない速さで』が、東京国際映画祭スプラッシュ部門に2年連続入選を史上最年少で果たす。17年には『四月の永い夢』(18年春公開予定)が、モスクワ国際映画祭国際批評家連盟賞と、ロシア批評家連盟特別表彰の2冠に輝いた。現在、『四月の永い夢』の日本凱旋上映のための、上映資金目標金額を5百万円に設定したクラウドファンディングを実施中(11月9日23:59まで)。詳細は「四月の永い夢クラウドファンディング」で検索!


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