街へ出よう

文=太田和彦

大建築を見る

迎賓館赤坂離宮

 

~明治時代にさかのぼる日本の英知の結晶~

 

歴史的建築物は、時代をうつす鏡でもある。 紀州藩屋敷跡が東宮御所、赤坂離宮へと変遷し、戦後の一時期国会図書館にもなったが、 外国からの賓客を迎えるために、旧赤坂離宮は5年あまりの 歳月をかけ改修が行われた。 現在の「迎賓館赤坂離宮」である。 2016年4月から通年で公開され参観が可能となった。

また、外苑のシンボルとして 聳え立つ「聖徳記念絵画館」からは、 幕末・明治の歴史を伺い知ることができる。 世界に誇る建築物を2回にわたり誌面でお楽しみいただこう。

一九六四年に上京してあちこち東 京を見ていた中で、心底驚嘆したの が赤坂離宮だ。優雅な鉄柵から見る 広大な前庭の奥の左右対称の壮麗な 建物は、パリかウィーンかと思わせ、「裁判官弾劾裁判所」の看板だけが ふさわしくなかった。

鹿鳴館などを手がけた建築家ジョ サイア・コンドルの一番弟子で宮内省の宮廷建築家・片山東熊が、仏ベ ルサイユ宮殿、英バッキンガム宮殿を参考に、東宮御所(皇太子の住居)として心血をそそいで設計した ネオ・バロック様式の建物は、明治天皇から「華美に過ぎる」と言われ、自ら謹慎したというエピソード も知った。

あまり使われないまま、戦後、皇室から国に移管。国会図書館など民間にも開放された。タイトルは忘れたが、戦後も落ち着いてきた頃のある映画で、恋人同士が主庭で会う場面があり、中はこうなのか、映画ロケに使えたのかと目を見張ったことがあった。

一九七四年に国の賓客をもてなす迎賓館になってからは、私など一般人が入ることなど一生あるまいと思っていたがその機会が来た。

 

華麗、重厚、典雅、格調を 備えた日本独自のモチーフ

 

まずは「彩鸞の間」。入るなり「お お!」と声を上げたまま立ちすくん だ。七メートル余りの高い天井と壁がカーブでつながる大広間のすべて が白と金。豪華なシャンデリア三基が室内を輝かす。向かい合う一〇枚 の大鏡は無限連続をおこして広大な 部屋をさらに広く見せ、ウィーンなどで見学した宮殿に立つようだ。

当間はナポレオン時代に流行した アンピール(帝政)様式というそうで、装飾は軍事モチーフが多く、刀剣や西洋の軍隊兜、左右にライオン を従えた日本の鎧甲冑一式も主張する。翼のある馬・ペガサスなど空想 の動物たち。半人半獣のスフィンクスはエジプト遠征したナポレオンの事跡によるか。部屋名の由来、架空の鳥「鸞」は暖炉に立体で留まり、 雄大にひろげた両翼、長い首の頭に は宝冠のように三つの玉がある。
(続きは、Vol.31をご覧ください)

おおた かずひこ

 グラフィックデザイナー・作家。 『太田和彦の東京散歩、そして 居酒屋』(河出書房新社)他。

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