冬の 男ひとり鍋  

小鍋立 、今宵も一献、一献、また一献

 

冬、寄れば鍋でもつつくか、となる。しかしちょっと待て。鍋だからと言って、大雑把に具を投げ込めばいいっていうものではない。
具素材の味を引き立てるには、手順もあれば火加減だってある。で、正統派は、一人で料理が楽しめる小鍋立に向かうことになる。
ねぎま鍋、どじょう鍋、あさり鍋、鶏すき鍋、ふぐ鍋といろいろあれども、まずは、桜鍋で精をつけて、「街」へ出よう!

鍋料理の手順や火加減をおろそかにしてはいけない

寒い冬。数人集まって酒となれば「鍋でもとるか」。しかしこれはたいてい失敗する。
注文するとガス台にどんと大鍋を置き、山盛りの具が届いて、さあどうぞとなる。鍋といえども料理、手順も火加減もある。そこで登場する鍋奉行。「まてまて、順番がある」と仕切り「さあこれ食べていいぞ、早く食え、あ、それまだ入れちゃダメ」とやかましく、素直に従っていてもやがて酒と話に関心が移り、忘れられた奉行は機嫌が悪くなる。

しかし彼のしていることは正しいのだ。鍋は具の煮え加減が大切で、ワンラウンドごとにきれいに鍋をさらい、おつゆだけに戻してツーラウンド。これを繰り返すのが肝要で、それゆえ管理者が必要となるのだが、自分の食べたいタイミングに食べられない不満はある。

具は大皿に鯛、タラ、牡蠣、ハマグリ、海老、カニ、豆腐、白滝、椎茸、えのき茸、葱、春菊、白菜などなど山盛りの「寄せ鍋」が豪華に見えていちばんつまらない。あれこれ混ざり合った味は結局なにを食べたかわからず、最後の雑炊もぼんやりした味だ。

女性はチマチマいろんなものがいっぱいあるのを好むが、男はきっぱり一品をとことん味わい尽くすのを好む。「かき鍋」は牡蠣と三つ葉のみ。「はまぐり鍋」はハマグリと水菜のみ。「常夜鍋」は豚とほうれん草のみ。つまり主役と青物の組み合わせを小鍋で煮ながら楽しむ。もう一品入れるのなら豆腐。鍋の具は二種、多くも三種までが限度だ。主役の殿様は一人、青物は腰元、豆腐は出汁を吸う家老役だ。

 

男の小鍋には主役の一品と青物だけで粋に愉しむ

また男の鍋は一人の小鍋立に限る。鍋の魅力は言うまでもなく自分で料理すること。一人ならば好きなものを好きな順に、煮えばなを見逃さず口に入れられる。牡蠣と豆腐を入れ火加減を見て、手酌した酒をツイーとしばし待つ充実感。豆腐がぐらりと揺れたらフーフーして一口。三つ葉は濡らすだけでいい。一人だから仕事がある方がいい。いいですなぁ冬の男の一人鍋。

秋田は小鍋立の王国で、名居酒屋「酒盃」は、ハタハタとしょっつる(塩魚汁)、鯨と茄子、白魚と蓴菜などを帆立の貝殻で煮る。これが出汁が出る。同じ秋田の居酒屋「北洲」は「いか鍋」がいい。土鍋のおつゆはイカワタ入りの味噌仕立てに、さらにイカ塩辛を入れ、むせるように濃厚だ。また能代「酒蔵 千両」の「身欠きニシン鍋」は「ひろこ」という香りとアクの強い細葱が相性だ。

京都の、その名も「小鍋屋いさきち」は、あさりと大根、しじみと大根、水菜と揚げ、白菜と豚、三つ葉ときのこ、にらもやしと鶏、じゃがいもと鶏、きんぴらと鶏など、鶏はすべて豚でもでき、その組み合わせを小鍋でさっと楽しむ。

そして鍋は食べ終るとすぐ片づけるのが肝心。煮え残しがいつまでもあるのは見苦しい。粋にやるのが酒飲みの小鍋だ。

遊郭に入る前の力づけ、さくら鍋の醍醐味

せっかちな江戸っ子に、目の前の煮えばなをぽんぽん食べる小鍋立は好まれた。ねぎま鍋、どじょう鍋、あさり鍋、鶏すき鍋、ふぐ鍋などなど。

日本堤、吉原大門近くの「桜なべ中江」は、遊廓へ入る前の精力つけに賑わった。後があるのでここでいつまでもぐずぐずしない。さっと食べ終える小鍋立一人前は、馬肉・白滝・葱・えのき・江戸菜・焼豆腐。どじょう鍋と同じという底が真っ平らな鉄鍋は火のまわりがよく、すぐにぐつぐつ来る。刺身で食べられる肉だから色が変われば食べ頃のおよそ二分だ。

市川團十郎の色紙がぴったりの畳表を敷いた板座敷の天井は、皮を残した桜の丸木梁がいい。四つの大額は谷文晁えがく『馬の春夏秋冬』で、天高く馬肥ゆる「秋」はやはり馬体が大きい。おっと煮えてきた。やわらかい馬肉はあっさりした中の旨みに清潔感がある。ぱくぱくぱく、肉をさっと食べ終え、後は火を弱めて具を楽しみながら燗酒をツイー。

徳利の馬の絵は先先代が描いたのだそうだ。現主人は四代目。

「肌つやがいいですね」

「え、まあ、馬の脂はお肌によいと女性に評判なんですよ」

最後に溶き玉子を鍋にかけまわして火を止め、小ご飯にのせた「玉子とじご飯」で仕上げ。

「いかがでしたか?」

「なんだか精がつきました」

「あっははははははは」

―― お後がよろしいようで。
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太田和彦


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