column遊びをせんとや 生まれけむ 36

戦争を覚えている最後の子ども

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八〇歳を迎えての感慨

 

今年2月、傘寿を迎えた。

若いころは、何歳まで生きるだろうなどとは考えぬものである。早死はしたくないが、まあ70を越えたら、お迎えが来ても仕方ない……程度の覚悟だったろう。
 
ところが、今や80歳。70歳の時は、さしたる感慨も湧かなかったが、今度ばかりは改めてびっくりしている。
 
身体能力は明らかに劣化し、肉体の各部品にもポンコツ現象が出てきたが、日常生活が不自由というほどのことではない。

精神年齢は、どこかで止まってしまったらしく、いまだに通俗を嫌い、社会には反抗的である。80歳になっても、大人になりきれないということか。

 私が生れたのは、1940年(昭和15年)。翌年、帝国海軍は パール・ハーバーを急襲し、太平洋戦争に突入した。半年後には戦況が不利になったが、軍事独裁政権は責任を取らず、いたずらに被害を拡大し、犠牲者を増やした。

  私の父は、全国紙の東京本社に籍を置く新聞記者だった。1944年、米軍による東京空襲が近いことを知り、一家は、父の実家のある福島県郡山市近郊の村に疎開した。大きな農家の離れの一室を借り、田舎暮しをすることになった。

 

戦争の記憶は 防空壕での臭い

 

  翌年春から、米軍の爆撃機・B 29連隊による主要都市攻撃が始り、東京も焼け野原となった。10万人の死者が出たが、私たち一家は辛うじ て悲劇を免れたことになる。
 
 
 都市部は惨憺たる状況に陥ったが、農村地帯は意外とのんびりしたものだった。米や野菜は自給自足だったし、たまには近所で豚をつぶし、肉が配られることもあった。

  郡山の近くには小飛行場があったので、そこだけは時々爆撃された。 空襲警報のサイレンが鳴り渡ると、 人々は走り出し、それぞれの防空壕に飛び込んだ。私の親類筋も近くに住んでいて、近くの林の中に共同で大型防空壕を所有していた。十数人の人が避難してくるのだが、幼い私 には血縁関係が理解できなかった。 病気の老女が一人、誰かにかつがれ て入ってくるのが印象的だった。風呂に入っていないのか、悪臭がきつ かった。気の毒な境遇だったろうと推察するが、子どもの私には、そんな気遣いの余裕はなかった。早く米軍機が立ち去り、臭気から逃げるこ とだけを祈っていた。私にとっての戦争の記憶は、爆撃シーンではなく、あの臭いなのである。
 
 終戦に向かう半年前、私は5歳 だった。4歳では、記憶は残らない。

 とすれば、今年80歳になる私たちは、戦争を覚えている最後の子どもたちということになる。

(以下、 次号に続く)
(コモレバVo.43 2020年4月1日号)

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