市原節が響く。

演技者にとって重要なのは 顔ではなく声なのだ

 

  そこそこの才があり、運に恵まれれば、一時的には俳優業にありつくことができる。小さい役が続いても我慢でき、人付き合いがうまければ、ある期間、餓死しない程度の生活はできる。
  実を言えば、俳優と名乗る人々の九〇パーセントは、このカテゴリー に入り、映画界や演劇界を支えている。
  重要な役を演じ、平均的なサラリーマンより、収入が数倍から数十倍よいのが、残り一〇パーセントの職業的演技者たちだ。
 とは言え、後世に名が残るほどの名優とかスターということになると、さらにひと握りの人々に限られる。
 で、どこが違うか?
 一般には、「美形だから俳優、女優になれば」などという会話をよく聞く。だが、これは間違いである。
  容姿は関係ない。演技者にとって 重要なのは、顔でなく声なのだ。

  声の特徴と話し方のトーンが、役者の個性と存在感を現出させる。

  今年に入って逝去された、あの市原悦子さんを思い起こして欲しい。 市原さんは、俳優座時代の私の先輩であり、後に劇団上層部と意見が合わず、一緒に退団した同志でもあった。しかし、ここでは、その詳細は省かせていただく。

 

市原悦子の声の個性と 巧みな台詞術

 
  さて、市原さんは、私が入団した時にはすでに劇団の看板スターであり、新劇界を代表する名女優であった。

  とは言え、運動神経や身体機能は抜きんでていたものの、容姿はいわゆる美形とは言えなかった。「普通以上の普通」で、街で見かけても、 女優という派手さはなかった。

  その市原さんが舞台に立つと、満場の客が心を鷲づかみにされ、熱気が劇場を覆った。彼女は、低音から高音までの声色を自由に操り、豊かな台詞廻しで客を魅了した。さらに驚いたことには、台詞の語尾に至るまで、声が消えることなく、きっちりと劇場の隅々まで届かせた。隠しマイクのなかった時代、これができる演技者は、そう多くはなかった。
 
  シェイクスピアの『ハムレット』 で、彼女はオフィーリアの役を当てられた。美人女優の定席というのが常識だったので、周囲はびっくりし た。そんな雑音をモノともせず、彼女は新しいオフィーリア像を作り上げ、客を圧倒したのである。

  女優人生の後半、彼女はTVに進出し、「家政婦は見た!」をはじめ、 次々と主役をこなしていった。それを可能にしたのが、彼女の声の個性 と台詞術である。名優とか大スターと呼ばれる人たちは、顔を思い浮かべると同時に、その独特の声が聞こえてくるものだ。

「敦夫さん、麻雀しようよ」
 
 私の耳には、依然と市原節が響いている。

なかむら あつお

元参議院議員、俳優、作 家、脚本家。1940年東京 生まれ。東京外国語大学 在学中に演劇に興味を持 ち、大学を中退、劇団俳優 座に入る。65年にはEWC 奨学生演劇部門試験に合 格、ハワイ大学に留学し、アメリカ社会の研究を する機会を得る。72年に出演したテレビドラマ「木 枯し紋次郎」が空前のブームになりその後数多く のドラマで主演を務める。84年にはテレビ「地球 発22時」でキャスターを務める。現在、日本ペンク ラブ理事、環境委員を務める。著作に『チェンマイ の首』『ジャカルタの目』『マニラの鼻』『ごみを喰 う男』『暴風地帯』『簡素なる国』など。


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