運命を決める一時間

映画界の巨匠 市川崑監督の面接

 

 誰にでも、その人の運命を決定づ けた一時間というものを特定できるのではないか。

 幸運だろうが、悪運だろうが、その時誰に会っていたかで決まる。どんな思想に触れたか?

 何教の神に魅せられたか? 恋愛? 仕事?
 
 自分自身の人生を振り返ってみると、その一時間とは、映画界の 匠・市川崑監督の面接を受けた時のようだ。
 
 今となって、それがよかったのか、悪かったのかなどと判定するのは無意味である。この日、この時間に出会い、即座に「木枯し紋次郎」の配役が決定した。この勢いを止める要因は何もなく、私は今日に至る進路へ足を踏み入れることになった。この時間の支配権は監督の側にあり、私は運命を 閻魔大王の裁定に委ねた。

 その延長線上に作品の大ヒットがあり、私は有名性、経済力、影響力などを短期間に手にした。やりたかったことを実現する近道に達したのである。
 
 監督にしてみれば、すでに功成り、名遂げた存在だったから、作品の成功、不成功で人生がどうなるというものではなかった。
 
 とは言え、名だたる映画監督が、TV作品を撮ることになった社会的背景は、厳然として存在していた。
 

監督がこだわった タイトルの映像

 

  一九四〇年代後半から、六〇年代後半まで続いた映画産業の黄金時代は、七〇年前後に急速に衰亡した。 制作本数の削減、映画会社の倒産、大量首切りなどが続き、有名監督ですら失業の憂き目を見ることとなった。

  市川監督は、TVへの転進を積極的に受け入れた。TVだからと言って、手を抜くことはなかった。
 
  さて、「木枯し紋次郎」大ヒットの一大要因になるのだが、監督は、タイトルの映像造りに徹底してこだわった。上條恒彦の歌声が響き渡る あの画面である。

  監督は、時代劇に現代感覚を取り入れるため、当時世界の映画界を席捲していたマカロニウエスタンのイメージを取り込もうとした。

 つばの大きいソンブレロ、長い黒 マントのガンマンが騎乗し、砂漠の奥から真っ直ぐ観客に近づいてくる。大きな三度笠をかぶり、長い合羽をまとった紋次郎が、険しい山岳を背景に、一本道を歩いてやってくる。この二つの絵は、構図が同じだ。

  監督の面接を受けた喫茶店は、廊 下のように縦長の店だった。ガラス 張りの入口から通りが見えた。監督 は、プロデューサーと一緒に一番奥 の席に陣取った。入口から逆光の中 を、どんどん歩いてくる私を観察し ていた。
 
 新人、面長で背が高い、低い声 ……。監督が脳裏に描いたタイトルの映像に、現実の私の姿が重なった。今でも思う。これって、必然なのか?

それとも偶然なのか?

なかむら あつお

元参議院議員、俳優、作 家、脚本家。1940年東京 生まれ。東京外国語大学 在学中に演劇に興味を持 ち、大学を中退、劇団俳優 座に入る。65年にはEWC 奨学生演劇部門試験に合 格、ハワイ大学に留学し、アメリカ社会の研究を する機会を得る。72年に出演したテレビドラマ「木 枯し紋次郎」が空前のブームになりその後数多く のドラマで主演を務める。84年にはテレビ「地球 発22時」でキャスターを務める。現在、日本ペンク ラブ理事、環境委員を務める。著作に『チェンマイ の首』『ジャカルタの目』『マニラの鼻』『ごみを喰 う男』『暴風地帯』『簡素なる国』など。


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