①暇つぶし  

好き放題とは趣味と浪費の生活か?

 

<人生は死ぬまでの暇つぶし>

昔、どうかした拍子に、こんなフレーズを思いついたことがある。実に無責任というか、ニヒルというか、投げやりというか‥‥‥。しかし、よーく吟味してみると、妙に現実味がある。

天才も凡才も、仕事や人間関係でそれなりに苦悩したり、悶えたりして一生を過す。しかし、少々成果を上げたからといって、それがどれほどのものか。死んでしまえば、何もかもおしまいだ。だったら、好き放題して時をすごす方が利口じゃないのか。

そりゃその通り。だが<待てよ>である。

好き放題とは、趣味と浪費の生活か?昼ごろ起床し、高級ホテルでランチを取り、プールサイドで日光浴、あるいはモーターボートかゴルフ。夜はボンド・ガールとディナーを楽しみ、飛び切り上等のナイトクラブで朝までどんちゃん騒ぎ。

これを生涯続けるためには、途轍もない財産が必要だ。そんな境遇にある者は、ほんの一握り。八十%の人々は中流以下で、月末のやりくりだけでも大変だ。仮に財産があったとしても、ちょっとでも知能があれば、浪費三昧の生活は退屈に感じるだろう。知能がなくとも、周囲の連中がバカ扱いしていることには敏感で気分が悪い。それに、金のあるバカには悪い連中が近寄り、あれやこれやのトラブルがつきものだ。となれば、これはお勧めの<暇つぶし>とはとても言えない。

思い知ったという体験の山々が見える人生

 

じゃあ、理想的な暇つぶしはとなると、なかなか明確な答は出てこない。どっちにしたって、人生は計画通りには進まない。それどころか、刻々とかわる状況に振り廻されて、生活するだけで精一杯なのだ。

何とか家族を守りぬき、他人にあまり迷惑をかけなければ上出来の暇つぶし。やった仕事人々に感謝されるようなことでもあれば、それは極上の暇つぶしだったことになる。

変なフレーズを思いついたわりには、私も楽しい暇つぶしの余裕などなかった。次から次と新しい分野の仕事に熱中し、ただ忙しかっただけの人生。振り返れば、学ぶというより、思い知ったという体験の山々が見える。

晩年になり、私は自分を翻弄した時代と世界について総括するため、同志社大学大学院で三年間教鞭を執った。その講義録が『簡素なる国』(講談社)として本になった。本の趣旨は、「経済成長至上主義と科学技術狂信で暴走した近代は終りつつある」という分析だ。一年半かけてこれを書き上げることが、初めて実感できる最高の暇つぶしだった。

ところが、校了の最中に東日本大震災が起き、福島原発が爆発した。私が予測した人類滅亡の地獄門は、原発と遺伝子組換え食品である。近代は、技術によって繁栄し、技術通信で崩壊する。書いたことが現実になり、私の気分は今、鉛のように重い。ここからの脱出は、自然エネルギーへの期待だけだ。

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なかむら あつお

元参議院議員、俳優、脚本家。1940年東京生まれ。東京外国語大学在学中に演劇に興味を持ち、大学を中退、劇団俳優座に入る。65年にはEWC奨学生演劇部門試験に合格、ハワイ大学に留学し、アメリカ社会の研究をする機会を得る。帰国後、新劇改革の若手リーダーとして幹部と衝突、劇団を退団する。72年意出演したテレビドラマ「木枯し紋次郎」が空前のブームになり、その後多くのドラマで主演を務める。83年に海外取材を基に書いた『チェンマイの首』がベストセラーとなり、84年にはテレビ「地球発22時」でキャスターを務める。99年、参議院選で当選、04年に政界を引退。『暴風地帯』など著書多数。


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