桜の中の権現様

二百種、三万本の 吉野山の桜

 

 
 吉野には、一度行ってみたかった。吉野の桜を見たい。吉野の山には二百種の桜が三万本あるという。下から下千本、中千本、上千本、奥千本といい、山が下から桜色に染まっていくそうではないか。
 
 けれども行くとなると宿を予約しなければならず、そしてその時期はたいていどこもいっぱいで、さらに桜がいつ見ごろかは誰ぞ知る。早くから宿をとり、とれたはいいが、行ったらまだ咲いていなかった、盛りを過ぎていたというのはよく聞く話。
 
 でも、それが桜の超然とわりきって、昨年四月のはじめに所用で関西に行くことになった折、吉野山に足をのばすことにした四月のはじめは、過去の開花日か らしてどう考えても早かった。それでも思い立ったのは、その時期、吉野山の金峯山寺蔵王堂で、秘仏のご本尊「金剛蔵王権現」三体の特別ご開帳があるからだった。国宝仁王門の修理勧進のためのご開帳だという。

 そこの権現様は青色をしている。 写真でその威容にふれ、前々から拝観したかったのだが、ご開帳の時期を逸していた。

 

桜色の吉野で出会った青い権現様

 

 確か、いつも春ではなく、寒い時期だったような。桜の季節のご開帳、下千本がちょっとでも咲いていれば、くらいの気持ちだったのだが、昨年はいつになく春になるのが早かった。どんどん気温が上がり、あちこちでどんどん桜が開花する。
吉野山のホームページをチェックしていると、開花予想もどんどん早まり、あれよという間に下千本が咲き始めた。これでは出かけたときには葉桜になっているのではないかという勢いである。

 そしてその日――。下千本は散り始めていたが、それは風に桜が舞うということでもあった。また蔵王堂に向かう道ではときに谷から桜が風で湧き上がってくる。中千本は満開を過ぎ、上千本は満開、奥千本も開花し始めていた。吉野の山は、ま
さしく桜色である。大当たり。こんなことがあるのか。

そんな中で青い権現様を拝んだ。むろん堂内でだが、権現様は桜の中に現れた──。今、そんなふうに思い出されるのではなく、そこにはそんな感覚があった。桜は権現様に降り注ぎ、そして桜と青色は、不思議なほど見事に調和していた。

 三体はいずれも見上げるほど大きいが、中央の釈迦如来が一番大きく、過去をあらわしているという。右の千手観世音菩薩は現在を、左の弥勒菩薩は未来を。過去現在未来にわたって衆生を救うために仮のお姿で現れたのが金剛蔵王権現ということだが、過去が一番大きいことに、救われたいのは、もはやどうすることもできない過去からなのだとあらためて思う。どうかお願いしますと、私は桜の中で、青い権現様に手を合わせた。

ありよし たまお

作家。東京生まれ。早稲田大学哲学科、東京大学美学藝術学科卒業。ニューヨーク大学大学院演劇学 科修了。1990年、母・佐和子との日々を綴った『身がわり』で坪田譲治文学賞受賞。『ニューヨーク空間』『雛を包む』『車掌さんの恋』『風の牧場』『恋す るフェルメール 37作品への旅』『カムフラージュ』 『美しき一日の終わり』『ソボちゃん いちばん好きな人のこと』など多数の著書がある。


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