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さよならはきっぱりと振り向かず真直ぐ、がいい

私の生前整理 2010年4月1日号より


文=浅井 愼平
写真家


蔵書の整理に悪戦苦闘中

 

「さよならはきっぱりと振り向かず真直ぐ、がいい」と若い日に書いたことがある。いまでも、そうは思う。そうではあるけれど、生き死にのこととなるとそんなわけにはいかないのだろう。それで、せめて身辺の整理ぐらいはきちんとしておきたいと何度も思ったが、実際にはほとんどが雑然としたままだ。

 まずはじめは本だった。ぼくの居場所は家もスタジオも本でいっぱい。どこに何の本があるのかは本人以外にはまるでわからない。ある日、一冊の本を買えば一冊の本を捨てようと決めた。それがとても難しい。基本的に本は始末するという感覚がぼくに備わっていないのだ。いちばんいいのは自分では決めないで、誰かに勝手に始末してもらうことだと思い、スタジオのアシスタントに「ここの一山の本を君にあげる。売るなり、読むなり勝手にしてくれ」と告げた。これはうまくいった。アシスタント君は、ぼくに、千円札を数枚見せ、「売れました」とにっこり笑った。へぇー、と思ったが、自分ではそんなことが何故かできない。困った性格だ。ところが、「今日の午後は本の整理をしてください」と秘書にいわれた。この原稿を書くことにしていた日にいわれたので、なんだか面白いが、やっかいだなぁ、といま思っている。

財産整理は明日からの課題

 そして、身辺整理といえば、「着るもの」がこれまた部屋に溢れるようにある。ほとんどは、昔、着たものと、いつの日にか着ようとして手に入れたもので、家人も友人たちも、どうしてそんなに着ることもないものをたくさん持っているのと笑う。けれども、ぼくにはコレクターのような気持があって、気に入ったものを見ると金もないのに買ってしまう。腕時計だって二本か三本あれば充分なのに、数え切れない? 程引き出しに重なっているという有りさまだ。着るものも、時計も靴も、整理しようと思ってから、もう五、六年は過ぎてしまった。実は昨日も、一部を整理した。友人にもらっていただくことにしてダンボールに詰めた。詰めながら、それぞれの「もの」にまつわる思い出がこころを横切った。だから午後から始めて、すっかり日が暮れるまで時間がかかった。これでは整理にならない。こんなことを書いているが、このエッセイの本意は「生前整理」なので、ぼくがこの世にいなくなった後、家人や世間に迷惑をかけないための支度のことをいわれているわけだから、話はそれてしまったが、基本にあるものは人生の終わりの始末のつけ方である。身辺整理のシンボルとして本と着るもののことを書いた。本当は財産などをどうするのかということなので、こたえになっていない。実はそういうことはぼくは何も知らないのだ。家人やスタッフのことを考えると、気がめいる。残された時間はあまりないし、どうするか明日から考えよう。

あさい しんぺい

写真家。1937年愛知県瀬戸市生まれ。早稲田大学政治経済学部在学中に映画作家を志し、撮影所に通いながらシナリオを書く。学園祭のパンフレットのカバーのために写真を撮ったことで、写真の面白さに気づく。66年「ビートルズ・東京」の写真集でデビュー。その後、チャック・ベリーの撮影で東京アートディレクターズクラブ最高賞などを受賞。レコード「サーフブレイク・フロム・ジャマイカ」の制作によりゴールデン・ディスク賞を受賞。91年、南房総市千倉町に「海岸美術館」を設立。地球環境問題に強い関心を持ち、主として水辺や歴史的視野からの風景などを撮影し、シンポジウム、テレビにも積極的に参加、時代に新しい風を送っている。現在、大阪芸術大学大学院教授。著書に『気分はビートルズ』(角川書店)『もうひとつの恋』俵万智共著(角川書店)『巴里の仏像』(NTT出版)他多数。

2010年4月1日 Vol.4より
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