生きる喜び─30年ぶりの再会

忘れられない 30 年前の東洋医学会での発表

 

講演を終えて壇上からフロアに降 りて来ると、中年の男性が立ちはだ かる。
「……お久しぶりです。私をおぼえ ていますか?」
「……はて、どなたでしたっけ!」
「M書房にいたYですよ……」

M書房と聞いただけで、 30 年前の 記憶が一気に蘇った。それだけこの 件は私にとって、忘れることのでき ない遠いあこがれの日の想い出だっ たのである。
話はこうである。   私が「気とエントロピー」なる演 題を日本東洋医学会に呈出したので ある。採用されないのではないかと いう不安の日日を乗り越えて採用通 知が舞い込んだのである。正直うれしかった。

勇躍演壇に立った。おそらく7~ 8分の短い発表を終えて、フロアを 見渡すとしらっとしている。質問の ため挙手の気配すらない。このよう なときは座長が義理にでも質問を してくれるものだが、それもない。 まったくの無視である。

頭に来たので帰ることにして会場 を後にする。廊下を少し歩いたとこ ろで、追いかけて来る人がいる。大先輩の婦人科のS先生である。中 医学に造詣が深いことでは有名な先 生である。あなたの発表、非常によ かったよと言う。

 

巡り巡って還って きた懐かしい再会

 
それなら、会場で発言してくれれ ばよかったのにと、うれしさ半分う らめしさ半分といった気持。そん な気持に斟酌することなく、気とエントロピーについて喋ったのはあ なたが初めてだろうから、プライオ リティ( priority ・先取権)を確保 するためにも、一日も早くペーパー ( paper・ 論文)にしなさいと励まし てくれる。

大先輩の提言である。うやうや しくいただいて、さっそく論文を作 成。さて、どこに投稿するかという ことで迷いが生じる。歴史のある権 威ある雑誌では却下されるにちがい ない。そこで歴史も長くはなく権威もそれほどでない雑誌に投稿するこ とにして、M書房の『東洋医学』を 選んだのである。
M書房はもともと医学雑誌が専門 ではない。熱帯魚や釣りの雑誌に並 んで、この雑誌を出していたのであ る。縦書きの、なんとなくやさしさ のあるところが好きで、定期購読していたのだ。

採用の通知とともに、まだ若いY さんが現れたのである。決して忘 れることはできない。Yさんの言、
「10 年ほどでM書房をやめ出版社を 起こし、 20 年なんとかやってきまし た。そして巡り巡って、帯津先生の ところへ還って来たように感じてい ます」

腹の底から生きる喜びが湧いて来 た。

おびつ りょういち

帯津三敬病院名誉院長。日 本ホリスティック医学協会名 誉会長。1936年埼玉県生 まれ。61年東京大学医学 部卒業。東京大学医学部第 三外科医局長、都立駒込病 院外科医長などを経て、82 年帯津三敬病院を開設し院長。西洋医学だけでな く、中国医学、ホメオパシー、代替医療など様々な 療法を駆使してがん診療に立ち向かい、人間をまる ごととらえるホリスティック医学の確立を目指してい る。 新刊は『ドクター帯津の健康暦365+1』(海 竜社)など。講演会、養生塾などの開催については、 http://www.obitsusankei.or.jp/ をご覧ください。


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