白隠さんとの40年

白隠禅師の呼吸法と わが愛読書『夜船閑話』

 

当年とって83歳。わが国における呼吸法のルーツである白隠禅師に並んだのである。感無量とはこのことだ。白隠禅師との出会いは40代の前半、私が都立駒込病院で外科医として食道がんの手術に明け暮れ精を出している頃であるから、すでに40年のお付き合いということになる。

当時八光流柔術に勤しんでいた私は、その上達のためには呼吸法の修得が不可欠と直観し、調和道丹田呼吸法の門を叩いたのである。1907年に真言宗の僧侶である藤霊斎師によって創始された調和道丹田呼吸法は白隠禅師の著作である『夜船閑話』に記載されている。「内観の法」にその基礎を置いている。

当時の協会本部はJR鶯谷の駅の近くにあり、会長は二代目の村木弘昌先生。谷中で内科歯科医院を開いている医師である。先生はおよそ一 流一派のリーダーとは思えない小柄で物静かなお人柄であった。実修のなかに組み込まれている淡淡という 言葉がぴたりの先生の講話は、忙しい仕事の合い間に駆け付ける私にかならず睡魔との闘いをもたらしたものである。

その村木先生の講話のなかに、しばしば『夜船閑話』が、そして白隠さんが登場するのである。いつの間にか『夜船閑話』が愛読書になり、すたすた坊主が白隠さんのように思えて来たのである。

 

中西医結合を旗印に 気功とともに40年

 
やがて、中国医学と西洋医学を合わせた、いわゆる中西医結合のがん治療を目指して、まずは中医学がいかにがん治療に貢献しているのか、この目で確かめるために最初の訪中が1980年の9月。鍼麻酔で有名な北京市肺がん研究所附属病院の中庭で初めて気功に出会う。

気功を見た途端、あっ!

これは呼吸法ではないか。そして、これぞがん治療と予防における中国医学のエースであると直観。中西医結合を掲げた、気功道場のある病院を郷里川越市に開設したのが1982年の11月。その後も中国医学を研鑽のためにしばしば訪中。

なかでもよく通ったのが上海市気功研究所。当時の研究所はまさに梁山泊。気功の名人がごろごろしていた。その名人たちとの交流のなかで学んだこと、それは気功は40年やって一人前という事。一口に40年といっても、 一日一日の積み重ね。まさに『五輪書』の千里の道も一足ずつ運ぶなり。 である。これまでの一足一足がいとおしい。

40年の歳月に思いを馳せて、これまた感無量。白隠さんのそれと合わせて、感無量の二重奏。身の引き締まる思いである。

おびつ りょういち

帯津三敬病院名誉院長。日本ホリスティック医学協会名誉会長。1936年埼玉県生まれ。61年東京大学医学 部卒業。東京大学医学部第 三外科医局長、都立駒込病 院外科医長などを経て、82 年帯津三敬病院を開設し院長。西洋医学だけでなく、中国医学、ホメオパシー、代替医療など様々な療法を駆使してがん診療に立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学の確立を目指している。 新刊は『毎日ときめいていますか?』(風雲舎)など。講演会、養生塾などの開催については、 http://www.obitsusankei.or.jp/ をご覧ください。


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