ラスキン生誕200年記念 ラファエル前派の軌跡展

ロセッティが描く官能的な美女の秘密

 

文=太田治子

 

無邪気だが官能的な魔性のヴィーナス

 

「ラファエル前派の軌跡展」が、この3月14日から三菱一号館美術館 開催される。19世紀末のヴィクトリア朝時代にロンドンで起こったこの芸術同盟は、当時のアカデミックな絵画に反発してルネサンス期のラファエル以前の絵に戻ろうという主旨のもと、若手の芸術家たちによって結成されたものだった。その中心 人物の一人が、イタリアの血が流れるロセッティである。

日本では1990年に「ロセッティ展」が開かれた。ラファエル前派の画家の中でも、特別に人気のある画家だと思う。今回の展覧会のプレスリリースの表紙にも、彼の描く美女の肖像画がアップで取り上げられていた。

絵のタイトルは、《ウェヌス・ウェ ルティコルディア(魔性のヴィーナス)》である。当時のヨーロッパでは、男性を恋の虜にし破滅へと導く「ファム・ファタ―ル」(宿命の女)を描くことが、ひとつの主流となっていた。しかし、その描き方は、画家によってさまざまである。ロセッティの描く魔性のヴィーナスは、とても無邪気に描かれていると思う。 悪のかけらも感じられない。エメラルドグリーンの大きな両眼も、そのたっぷりとふくらんだ赤いくちびるも、はかり知れない程に官能的である。しかし、いささかも嫌味がなかっ た。赤味を帯びた長い髪の毛も、その太く長い首も、ロセッティの絵の女性の特徴だった。絵の彼女は、真紅のバラとスイカズラの花に囲まれていた。どちらの花も、性的魅力の象徴であるという。片手にリンゴを持つ彼女は、もう一方の手で先の鋭 い矢を持っていた。いずれの先に も、黄色い蝶が止まっている。恋す る者たちの姿なのだろうか。めくる
めく官能がもたらす恋は、はかないということを表しているように思われる。

 

亡き妻の悲しみを背負い後悔の念が生んだ女神

 

はて、この絵の女性は、誰かに似 ている。そう思った時、真っ先に浮かんだのがロセッティの亡き妻のシダルだった。彼がシダルを描いた細密なデッサン画を、私はおよそ30年前にオックスフォード大学構内にあるアシュモレアン博物館でみたことがあった。

絶望の果てに泣き疲れた女の顔にみえた。しかし、そのうつむいた顔は、すばらしい知性に包まれていた。 こんなにも考え深い聡明な女性に、私は初めておめにかかったのだった。ロセッティは、このような妻 時として息苦しさを感じていたのに違いない。彼の心は、ひらひらと舞う蝶のように他の女性へと向かっていた。シダルはアヘンを大量に飲み、息を引き取った。激しい後悔の念にかられながら、ロセッティは代表作の《ベアタ・ベアトリクス》を 完成させる。その静かな横顔は、シダルに間違いなかった。同じ時期に描かれたのが、このヴィーナスの絵だった。顔立ちは、シダルそっくりにしか描けなかったのだと思う。それから十数年後に描かれた《ムネー モシューネー(記憶の女神)》の女神の顔も、私にはシダルに似てみえる。シダルは空の上にいってからも、 ずっとロセッティと一緒にいた。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 《ウェヌス・ウェルティコルディア(魔性のヴィーナス)》 1863-68年頃、油彩/カンヴァス、83.8×71.2㎝、ラッセル=コーツ美術館 ©Russell-Cotes Art Gallery & Museum, Bournemouth

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 《ムネーモシューネー(記憶の女神)》 1881年、油彩/カンヴァス、126.4×61㎝、デラウェア美術館 ©Delaware Art Museum, Samuel and Mary R. Bancroft Memorial, 1935

〔展覧会〕 ラスキン生誕200年記念 ラファエル前派の軌跡展

 

〔会期〕2019年3月14日(木)~6月9日(日)
〔開館時間〕10:00~18:00 ※入館は閉館の30分前まで(祝日を除く金曜、第2水曜、6月3日~7日は21:00まで)
〔入館料〕 一般 1,700円、高校・大学生1,000円、小・中学生500円
〔休館日〕 月曜(但し、4月29日、5月6日、6月3日とトークフリーデ―の3月25日、5月27日は開館)

三菱一号館美術館
〔住〕千代田区丸の内2-6-2
〔問〕03-5777-8600(ハローダイヤル)

おおた はるこ
明治学院大学文学部卒業。76~79 年NHK「日曜美術館」の初代司会アシスタントを務める。86 年『心映えの記』で第一回坪田譲治文学賞を受賞。朝日カルチャーセンター(新宿・横浜)、NHK文化センター(八王子、町田、横浜ランドマーク)よみうりカルチャー横浜でエッセイ・美術鑑賞の講座を持つ。著書に『時こそ今は』(筑摩書房)、『夢さめみれば―日本近代洋画の父・浅井忠』(朝日新聞出版)、最新刊は『星はらはらと二葉亭四迷の明治』(中日新聞社)。


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