art『クリムト展 ウィーンと日本1900』

クリムトが描いた19世紀末ウィーンの光と影

 

文=太田治子

 

旧約外典中の猛婦と石川五右衛門( !?)

 

「クリムト展」が、この 4月23日から上野の東京都美術館で開催される。 19 世紀末のウィーンを象徴する画家、グスタフ・クリムトの描く絵の中の女性を思うと、私の胸はいつも高鳴ってくる。妖しく笑いかけてくる年増の女性もいれば、あくまで 清らかにそのバラ色の肌を紅潮させているうら若き女性もいるのだった。物心ついてまもない私が、初めて出合ったクリムトの絵の女性は、それは愉快な表情をした年増のレディであった。母の本箱の『泰西名画集』の頁を開いていて、その女性の笑顔にぶつかったのである。みつめればみつめる程に、その顔は興味深く思われた。「このおばさまは、石川五右衛門に似ている。やはり、 母の本箱にあった歌舞伎の本を見ていて、はたとそのことに気付いた時、幼い私は嬉しくて思わず両手を叩いてしまった。そのこんもりと盛り上がった黒い髪、黒い眉、目をとろんとさせて、白い歯をみせて笑っている顔は、釜ゆでの刑に処せられながらもなお湯ぶねの中で笑顔のままの五右衛門にそっくりのように思われた。当時の私には、それが恍惚の表情を表しているなどということは、 とてもわからなかった。

私はこの絵を描いた画家がクリムトという名前であることも、まして絵のタイトルが《ユディト1》であることも知らなかった。大きくなってから、このユディトは旧約外典中の猛婦であることを知った。美術の解説文によると、敵将ホロフェルネ スの首を抱いて、放心と恍惚の不思議な表情をしているとあった。ヨハネの首を切ったサロメのイメージとも重ね合わされているという。そこまで教えられてもなお私には、この不可解としかいいようのない表情は、最初の印象通りに石川五右衛門 そっくりに思われてならないのだった。

 

自然の中にあった画家の心のやすらぎ

 

「猛婦と天下の大泥棒」

やはり、共通項があると思う。 幼い日の出合いから半世紀以上が経った今も、この絵をみると心が明るくなる。一人の女性を、こんなにも面白おかしく描いた絵はそんなに多くないと思う。絵のモデルは、ウィーンの上流階級のレディだった。クリムトはその後も何回も繰り返し彼女をモデルに絵を描いてい る。アデーレ・ブロッホ=バウアー というその女性は、猛獣にはめるような太い金の首輪を付けて絵に登場 する。「私は、あなたに絶対服従です」、おとなしい彼女は、クリム に向かってそのように語りかけているような気がする。クリムトは、絵の中で裕福な彼女を皮肉る気持ちがあったのではないかと思われてくるのだった。

ウィーン郊外のボヘミア出身の彼は、華やかなウィーンには多くの貧しさにあえぐ人々がいることを知っていた。華やかさの陰に潜むものにこそ、彼の興味があった。《アッター 湖畔のカンマー城Ⅲ》の絵をみると、彼は自然の中にこそ心がやすらいで いたことがよくわかるのである。

グスタフ・クリムト《 ユディトⅠ》 1901年 油彩、カンヴァス 84×42cm ベルヴェデーレ宮オーストリア絵画館 ©Belvedere, Vienna, Photo: Johannes Stoll

グスタフ・クリムト 《アッター湖畔のカンマー城III》 1909/1910年 油彩、カンヴァス 110×110cm ベルヴェデーレ宮オーストリア絵画館 ©Belvedere, Vienna, Photo: Johannes Stoll

〔展覧会〕「クリムト展 ウィーンと日本1900」

〔会期〕 2019年4月23日(火)~7月10日(水)
〔開室時間〕9:30~17:30 ※金曜日は20:00まで(入室は閉室の30分前まで)
〔休室日〕5月7日(火)、20日(月)、27日(月)、6月3日(月)、17日(月)、7月1日(月)
〔観覧料〕 一般 1,600円、大学生・専門学校生1,300円、高校生800円、65歳以上1,000円

東京都美術館 企画展示室
〔住〕台東区上野公園8-36 〔問〕03-5777-8600(ハローダイヤル)

おおた はるこ
明治学院大学文学部卒業。76~79 年NHK「日曜美術館」の初代司会アシスタントを務める。86 年『心映えの記』で第一回坪田譲治文学賞を受賞。朝日カルチャーセンター(新宿・横浜)、NHK文化センター(八王子、町田、横浜ランドマーク)よみうりカルチャー横浜でエッセイ・美術鑑賞の講座を持つ。著書に『時こそ今は』(筑摩書房)、『夢さめみれば―日本近代洋画の父・浅井忠』(朝日新聞出版)、最新刊は『星はらはらと二葉亭四迷の明治』(中日新聞社)。


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