art『ルノワールとパリに恋した12人の画家たち』

ルノアールの出合い、パリの巨匠12人の名画に触れる

 

文=太田治子

 

ルノワールの絵には幼い私が刻まれている

 

 オーギュスト・ルノワールの《ピアノを弾く少女たち》の絵をみるたびに、なつかしい思いにかられる。 1950年代初め、幼い私は母と二人、神奈川県葉山の叔父の家で居候生活を続けていた。或る日、急に耳が痛くなった。母につれられて、丘の上の医院へ向かった。治療の後で、お医者さまの奥さまからわが家へい らっしゃいと誘われた。

  応接間にピアノが置かれていて、 お姉さんが二人、ピアノの演奏で出迎えて下さった。生まれて初めてみるピアノは、とても大きく感じられた。一人のお姉さんが演奏をする横で、もう一人のお姉さんが楽譜をめくっていた。何の曲だったかは、思い出せない。しかし、夢のように優しいメロディだったような気がする。その時私は、演奏を聴きながらビスケットと紅茶をいただいたのである。恐らく、その時初めて紅茶を口にしたのではないだろうか。今でも紅茶を飲むと、あの時の幸せな気持がよみがえってくる。ルノワールの絵の少女たちのピアノの演奏を聴いているような心地に浸ることができる。

  小学校3年生のクリスマスに母がボーナスでおもちゃの赤いピアノを買ってくれた。嬉しかった。しかし、すぐにあきてしまった。手先が、不器用だったのである。母は私よりずっと上手に、おもちゃのピアノを弾くことができた。遠い昔のその母の姿とあのルノワールの絵の少女たちが重なって浮かんでくる時がある。

 

横浜でオランジュリー美術館コレクションに出合う僥倖

 

  ルノワールの妻のアリーヌも、ピアノにあこがれていたらしい。《ピアノを弾く少女たち》の描かれた1892年頃、ルノワールの個展は大評判となり、フランス国家はルノワールの絵を初めて購入した。ルノ ワールはもう50歳を過ぎていたが、 年若いアリーヌと結婚してからまだ10年しかたっていなかった。アリーヌは、当然ピアノをおねだりしていたのに違いない。

  今回横浜美術館でみることのできるピアノを弾く少女の横顔はアリー ヌに似ていると思う。ルノワールの代表作《舟遊びする人びとの昼食》の絵の中の小犬を抱き上げるアリーヌに、そっくりのような気がするのだった。ピアノの前の二人の少女た ちの絵を、ルノワールは6点も描いたといわれている。その中の1点 国家の買い上げとなり、今はオルセーでみることができる。
 
 横浜へやってきた絵は、オランジュリー美術館のコレクションのものだという。ルノワールが晩年までアトリエに保管していた一点だった。アリーヌの面影が、はっきりと感じられる絵を、手離したくなかったのだと思う。

  今回の展覧会では、マリー・ロー ランサンの《マドモアゼル・シャネルの肖像》も、みることができる。 この絵のモデルは、ココ・シャネル だというが、本人とは少しも似ていないように思う。ローランサンとシャネルは気が合わなかったのだ。 それがはっきりわかる絵も、とても面白いと思う。

オーギュスト・ルノワール 《ピアノを弾く少女たち》 1892年頃、油彩・カンヴァス、116×81cm  Photo © RMN-Grand Palais (musée de l'Orangerie) / Franck Raux / distributed by AMF

マリー・ローランサン 《マドモアゼル・シャネルの肖像》 1923年、油彩・カンヴァス、92×73cm Photo © RMN-Grand Palais (musée de l'Orangerie) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF

〔展覧会〕
横浜美術館開館30周年記念 オランジュリー美術館コレクション
ルノワールとパリに恋した12人の画家たち

〔会期〕2019年9月21日(土)~2020年1月13日(月・祝)
〔開館時間〕10:00~18:00 ※金・土曜は20:00まで開館(入館は閉館の30分前まで)
〔観覧料〕一般 1,700円、大学・高校生1,200円、中学生700円 小学生以下無料
〔休館日〕毎週木曜(12月26日は開館)、12月28日(土)~1月2日(木)

横浜美術館
〔住〕横浜市西区みなとみらい3-4-1
〔問〕03-5777-8600(ハローダイヤル)

おおた はるこ
明治学院大学文学部卒業。76~79 年NHK「日曜美術館」の初代司会アシスタントを務める。86 年『心映えの記』で第一回坪田譲治文学賞を受賞。朝日カルチャーセンター(新宿・横浜)、NHK文化センター(八王子、町田、横浜ランドマーク)よみうりカルチャー横浜でエッセイ・美術鑑賞の講座を持つ。著書に『時こそ今は』(筑摩書房)、『夢さめみれば―日本近代洋画の父・浅井忠』(朝日新聞出版)、最新刊は『星はらはらと二葉亭四迷の明治』(中日新聞社)。


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