art鏑木清方《築地明石町》

心騒ぐ鏑木清方の幻の名作

 

文=太田治子

 

鏑木清方の代表作《築地明石町》が、44年ぶりにこの11月1日から東京国立近代美術館で公開される。こんなにも長く、大好きな名画が所在不明となっていたとは、まったく知らなかった。《築地明石町》は、いつも私の心の中にあった。

 

母の切抜き帖の髪を洗う女性

 

 35年前に空の上へいった私の母が、鏑木清方の絵のファンだった。清方の絵の画集と共に、雑誌や新聞に載った彼の絵だけの切抜き帖を作っていた。小学生の私は、その切抜き帖をみるのが楽しみだった。モノクロのスケッチの絵が多かった。風呂場でカミソリを口にくわえたまま、長い髪を洗っている上半身裸の女性の絵に惹かれていた。今にも口許のカミソリが、水蜜桃のような白い肌を傷付けてしまいそうで、とても恐かった。それでも気が付くと私は、その女性をじっと見つめているのだった。絵の中には、ぞくぞくとするような妖しい魅力がたちこめていた。

《築地明石町》の絵の女性からも、それとつながる妖気に似たものを感じてしまうのである。妖気などといったら、本当はいけないのかもしれない。うすみどり色の着物に黒い羽織姿の上品な奥さまは、見返り美人のようにどこか遠くに目をやりながら、すっくと立っていた。切れ長の大きな目は、明らかに憂いを含んでいるようにも感じられた。そのすっきりと結い上げられた束髪に、一筋、二筋、三筋の乱れ毛があるのをみると、やはり私の胸はさわさわとさざめいてくるのである。

 

《築地明石町》が伝える画家の夢

 

《築地明石町》が伝える画家の夢「この奥さまは、一体何を考えているのだろう」

 その答えは、どこからも浮かんでこなかった。あのモナ・リザの微笑の謎が、おいそれとわからないのと似ていた。ただ清方の絵の奥さまが、モナ・リザのように微笑んでいないことだけは確かだった。むしろ不機嫌な顔をしているように思われた。しかし、そこが魅力というみかたが、できるのだった、無理笑いをするこ
ともなく、あくまで素す の顔をしていた。

 絵のモデルは、清方の奥さま照(てる)さんの友人、江木ませ子夫人だという、清方自身がそう書いている。しかし私には、照さんの方に似ているのではないかと思われてならない。照さんは、清方の絵のモデルをよく務めていた。清方のどの絵の女性にも、彼女の感じがでているという。きっと小学生の私の胸をときめせた風呂場で髪を洗う女性も、照さんだったのだと思う。才色兼備の照さんとの夫婦仲は、すこぶるよかったのである。

《築地明石町》は、関東大震災の4年後に描かれていた。変わりゆく東京に、清方は、衝撃を受けた。少年時代に毎日のように散歩にでかけた明石町は、かつて帆船のマストの林立する居留地だった。「あの船に乗っていつか外国へいきたい」。少年時代の彼は、そのような夢を持っていたのかもしれない。絵のバックの船
が夢のように淡く描かれているのに気が付くと絵の奥さまの遠くを見つめる目は、清方少年のものに思われてくるのである。

鏑木清方 《築地明石町》 1927(昭和2)年 絹本彩色・軸装 173.5×74.0cm 東京国立近代美術館 ⓒNemoto Akio

〔展覧会〕「鏑木清方 幻の《築地明石町》特別公開」
〔会期〕2019年11月1日(金)~ 12月15日(日)
〔開館時間〕10:00 ~ 17:00(金曜・土曜は20:00まで) ※入館は閉館の30分前まで
〔休館日〕月曜日(ただし11月4日は開館)、11月5日
〔観覧料〕一般 800円、大学生400円 11月3日は無料

東京国立近代美術館 所蔵品ギャラリー10室
〔住〕千代田区北の丸公園3-1
〔問〕03-5777-8600(ハローダイヤル)

おおた はるこ
明治学院大学文学部卒業。76~79 年NHK「日曜美術館」の初代司会アシスタントを務める。86 年『心映えの記』で第一回坪田譲治文学賞を受賞。朝日カルチャーセンター(新宿・横浜)、NHK文化センター(八王子、町田、横浜ランドマーク)よみうりカルチャー横浜でエッセイ・美術鑑賞の講座を持つ。著書に『時こそ今は』(筑摩書房)、『夢さめみれば―日本近代洋画の父・浅井忠』(朝日新聞出版)、最新刊は『星はらはらと二葉亭四迷の明治』(中日新聞社)他、10月、名画からの物語「湘南幻想美術館」が、かまくら春秋社より刊行される。


good fellows

Special Feature

Present

WEB限定プレゼント

Category

from Readers

Club