stage『ラ・マンチャの男』

日本初演から50年 松本白鸚の〝見果てぬ夢〟

 

文=安倍 寧

 

主演俳優に求められる演技者の明晰な知性

 

    ひとつの役柄を守り抜くというのは歌舞伎役者の一種の習性かもしれない。しかし、1969年以来、50年間、他の誰にも譲ることのなかったその役は『ラ・マンチャの男』のセルバンテス/ドン・キホーテ、ミュージカルの主人公である。

    その間、芸名は市川染五郎、松本幸四郎、松本白鸚と変わった。歌舞伎俳優の芸歴としてはかなり特異な部類に入るのではないか。

   運命的出会い、執念、愛着など、理由はいろいろあったろう。それにしても、ひとつの役を半世紀というのは、世界ミュージカル史上でも希有の新記録である。

    そもそも難役である。鋼のような強靱な演技力、さざ波のように繊細な歌唱力を必要とするが、それ以上に求められるのは演技者の明晰な知性だと思われる。

    演じる人物が16世紀の世界的文豪、かの『ドン・キホーテ』を書いたミゲル・デ・セルバンテスである。作品自体が複雑なメタシアター、すなわち劇のなかでもうひとつの劇が進行するという入れこ構造になっていることもある。そしてなにより全篇に漂う雰囲気がきわめて知的なのだ。

    舞台設定は16世紀末のスペインの地下牢である。作家で収税吏のセルバンテスは、絶対権力者の教会に叛いたため獄に繋がれている。彼は、自らの存在証明と獄中の慰みを兼ね、自作の『ドン・キホーテ』の上演を思いつく。

    ただし騎士キホーテという人物自体、一介の老人アロンショ・キハーナの空想の産物でもある。つまり主演俳優は、作者セルバンテス、老人キハーナ、騎士キホーテの三役を時と場合に応じて演じ分けなくてはならない。これがかなりの知的作業だということは容易に想像できるのでは……。

    たとえば次のような科白もある。

「Fact are the enemy of truth(事実は真実の敵なのです)」

    一見、逆説的なこの一行の科白を知的センスなしに観客に届けることは不可能に近い。

 

観客の心を揺さぶるナンバー「見果てぬ夢」

 

    長年、白鸚が『ラ・マンチャの男』のタイトルロールを持ち役とし得たのは彼が知性派俳優だったからだ、と私は見る。

    ミュージカル・ナンバーでは、「The Impossible Dream」が世に広く知られる。騎士の、というより人間そのものの夢、誇りが観客の胸を揺さぶる。邦題「見果てぬ夢」がうまい。50周年記念公演では白鸚が主人公の内面をどこまで深く掘り下げ、歌に反映できるか、耳を澄ませたい。

    70年代初めかブロードウェイ・ロングラン中、ニューヨーク・タイムズで目にした公演広告に、「There is everything includingThe Impossible Dream」とあった。「あの主題歌初めお望みのものが全部ありますよ」というコピーの裏には、「あなたの〝見果てぬ夢〟も見られますよ」という暗喩が隠されていたのではないか。

    世界初演は、65年、ニューヨーク・オフブロードウェイ。66年トニー賞ベスト・ミュージカルに輝く。その折、脚本を書いたデール・ワッサーマンに授けられたトロフィーは、2012年、ワッサーマン未亡人から白鸚に譲られ、今、われらが〝ラ・マンチャの男〟の手元にある。ワッサーマンの遺言に基づいて贈られたと聞いている。

ミュージカル『ラ・マンチャの男』


帝国劇場にて10月4日(金)~ 10月27日(日)

出演:松本白鸚、瀬奈じゅん、駒田一、松原凜子、宮川浩、上條恒彦

脚本:デール・ワッサーマン
作詞:ジョオ・ダリオン
作曲:ミッチ・リー
訳:森岩雄、高田蓉子
訳詞:福井峻/振付・演出:エディ・ロール(日本初演)
演出・松本白鸚/演出スーパーバイザー:宮崎紀夫
料金(税込):S席13,500 円、A席9,000 円、B席4,500 円

〔住〕千代田区丸の内3-1-1
〔問〕東宝テレザーブ03-3201-7777(9:30 ~ 17:30)
写真提供:東宝演劇部

あべ やすし

音楽評論家。1933年生まれ。慶應義塾大学4年生のときに日本のポピュラー音楽、レビューについて新聞・雑誌に寄稿を始め、60~90年代は、日本レコード大賞審査委員・実行委員、東京音楽祭国内・国際両部門審査委員を務める。65~66年のシーズン以来、ブロードウェイ、ウエスト・エンドの主要作品のほとんどすべてを観劇している。80~00年代にかけ劇団四季取締役として『キャッツ』『オペラ座の怪人』『ライオンキング』などの日本公演の企画・交渉に携わる。『ショウ・ビジネスに恋して』『ミュージカルにI LOVE YOU』『喝采がきこえてくる』などの著書がある。


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