cinema『男はつらいよ お帰り 寅さん』

懐かしい昭和の男「寅さん」が帰ってきた

 

文:川口力哉

 

主題歌のイントロで 早くも涙腺は緩々

 
     秋晴れの青空のもと、平日昼下がりの銀座の街をぶらりと歩いた。一時間後には、あの「寅さん」に逢える。そう思っただけで、まるで幼馴染との久しぶりの再会みたいに、すごく楽しみでありながら、もう昔みたいには楽しめないんじゃないかという少しの不安を胸にしていた。

     上映前に軽めの昼飯を取ろうと、風の噂で3年ぶりに復活したという名店〈共楽〉へと足を運んだ。持ち時間は30分。「寅さん」級の映画は試写会からして混雑は必至である。開場の30分前には到着していなければならない。でも銀座に来たからには至極の一杯がどうしても食べたい。行列なら諦めようと足早に向かった先、運よくカウンターの一席が空いた。すっかり店は新装されていたが、年輩のご主人と若い息子さんの変わらぬ様子に、令和という新しい時代の中に佇む昭和を感じつつ、待ちに待った一杯を一気に胃袋の中へと流し込んだ。

     満員御礼となった松竹試写室が一瞬真っ暗闇となり、やがてオープニング主題歌のイントロが流れ出した。あのメロディを耳にしただけで、パブロフの犬並みに早くも涙腺は緩々だ( 笑)。山田洋次監督直々のご指名だという桑田佳祐の歌声が、まだスクリーンに登場してもいない「寅さん」の面影を不思議なくらい次々と呼び起こしていた。

     それにしても渥美清亡き今、「寅さん」を主人公にして、どうやって物語を展開していくというのだろう?

 

「寅さん」のエピソード満載 横綱級映画/

 
     『男はつらいよ』、そのタイトルだけで昭和の匂いを強烈に発するシリーズも今回で50作目だという。初回が1969年の高度成長期の真っただ中だと聞いて、その歴史の深さにあらためて恐れ入った。50手前までの男女問わず多くの日本人にとって、物心ついた時には知っていた最初の映画と言っても過言ではないだろう。本作では満男(吉岡秀隆)もすっかり中年男になり、その娘は中学生になっている。さくら(倍賞千恵子)だって、博(前田吟)だっていいおじいちゃんとおばあちゃんだ。そんな彼らが決まって思い出す心の故郷こそが、やはり「寅さん」というわけだ。

     とりわけ気に入ったシーンがある。さくらと博の純愛劇とその前に立ちはだかる壁としての「寅さん」を描いた回想の一コマ。この時のさくらの芝居はとにかく圧巻の一言だった。本物の芝居が時代を超越できること。さくらが倍賞千恵子でなければならない必然がここに宿っていると思った次第である。

     横綱級の本作は、挙げればキリがないくらいシーンごとに多彩なゲストと「寅さん」にまつわるエピソードで満ち溢れ、大満足の一作に仕上がっている。「お久しぶりでした」

     帰り際、件の店に通って10数年にしてはじめてご主人から声を掛けられた。それは後でも先でもいい。「寅さん」に逢うなら、もしくは逢ったなら、令和の中に佇む昭和の名店にも足を運んでみるのがいいだろう。

『男はつらいよ お帰り 寅さん』

 

監督:山田洋次/脚本:山田洋次、朝原雄三

出演:渥美 清/倍賞千恵子、吉岡秀隆、後藤久美子、前田 吟、池脇千鶴、夏木マリ、浅丘ルリ子 ほか

12月27日(金)全国ロードショー
©2019 松竹株式会社

かわぐち りきや

俳優。1975年和歌山県生まれ。早稲田大学理工学部卒業。主な出演作は映画『THE GODDESS OF 1967』(オーストラリア映画)、『李歐』の主演をはじめ『凶気の桜』『阿修羅のごとく』『タッチ』『テニスの王子様』 『スマイル 聖夜の奇跡』『龍三と七人の子分たち』、 テレビ「もっと恋セヨ乙女」「危険な関係」「芋たこなんきん」「ヤスコとケンジ」「行列48時間」「ギルティ 悪魔と契約した女」「白虎隊」、舞台『座頭市』など。 著作に小説『ピースマン』がある。現在、世田谷深沢に開校した、小中生を対象とした未来創造スクール「GREEN STAR」の代表を務める。。1月1日21:00放送のテレビドラマ「相棒」元日スペシャルにゲスト出演。


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