stageミュージカル『ミス・サイゴン』

ポップ・オペラと呼ぶにふさわしい物語と音楽の一体性

 

文=安倍 寧

 

一枚の報道写真から生まれた 『蝶々夫人』ベトナム戦争版

 
ご存知、実物大のヘリコプター が登場することで知られるミュージカルである。

世界初演は、1989年、ロンドンだから、ミュージカルの古典と呼ぶのはいくらなんでも気が早すぎるかもしれない。しかし、そう呼びたくなる風格がこの作品には備わっている。オペラ『蝶々夫人』を下敷にした骨太のドラマがそう思わせるのかもしれない。

本作登場より以前の85年、イギリスの敏腕プロデューサー、キャメロン・マッキントッシュは、パリでそこそこ評判だった『レ・ミゼラブル』を世界的な超ヒット作に仕立て上げた。作詞のアラン・ブーブリル、作曲のクロード= ミッシェル・シェーンベルクも一躍有名になった。 87 年にはブロードウェイ、東京でも大ヒットする。 いきおい世間の耳目はこのトリ による次回作はなに? という一点に集中することになる。その期 待に応えて颯爽と登場したのがこ の『ミス・サイゴン』であった。

今更書くのは気が引けるくらい有名な裏話だが、ブーブリル、シェーンベルクが『ミス・サイゴ ン』を発想したのは、ふたりが偶然目にしたサイゴン陥落時の報道写真からだった。そこにはせめてわが子だけでもと米兵に助けを求めるベトナムの若い母親の姿があったという。ちなみにサイゴンの陥落は1975年4月30日のことである。

なぜブーブリル、シェーンベルクがベトナム戦争にまつわる写真に強く惹かれたのか。彼等がユダヤ系フランス人であることと無関係ではなかろう。ベトナムがかつてフランスの植民地であったこと、そこで悲惨な戦争が続いたことに格別心を痛めていたであろうことは想像に難くない。

 

ンジニアを持ち役とする 市村正親の 巧みな演技の切り替え

 

驚くのはその一枚の写真から『蝶々夫人』ベトナム戦争版を作ろうと思った発想の飛躍である。 かくして長崎の芸妓蝶々さんは ベトナムの娼婦キム、米海軍士官 ピンカートンは米兵クリスに姿を変え物語の主軸を担うことにな る。ただし、国境、人種を越えた熱愛、ヒロインの自己犠牲という 主題は変わらない。

『ミス・サイゴン』の特色のひとつは、米兵と女たちとのとり持ち役エンジニアという人物の存在がどーんと大きいことだ。『蝶々夫人』の女衒ゴローが下敷と思われるが、野心家でアメリカへの強いあこがれを抱いている。ロンドン初演では、『ハムレット』などシェイクスピア劇で知られるジョナサン・プライスが演じ大成功を収めた。

同様、日本でも初演以来、市村正親が持ち役として絶妙な演技を見せてきた。ある場面はシーリアス、ある場面ではコミカル、その切り替えのなんと巧みなこと!

全篇を通じ十重二十重に綾なすタペストリーのような音楽が壮麗のひとことに尽きる。キムとクリスの二重唱「サン・アンド・ムー ン」、エンジニアのソロ「ジ・ア メリカン・ドリーム」など聴き応えのある楽曲が次々と押し寄せてくる。『ミス・サイゴン』は、物語と音楽の一体性という点で『レ・ミゼラブル』と並んでポップ・オ ペラと呼ぶにふさわしいミュージカルだ。

キャスティングはエンジニア、 キムで4通り、クリスで3通り組まれている。スケジュール表とにらめっこして切符の購入を。

[siteorigin_widget class=”SiteOrigin_Widget_Image_Widget”]

ミュージカル『ミス・サイゴン』

帝国劇場にて5月23日(土)〜6月28日(日)

オリジナルプロデューサー:キャメロン・マッキントッシュ/作:ア ラン・ブーブリル、クロード=ミッシェル・シェーンベルク/音楽: クロード=ミッシェル・シェーンベルク/演出:ローレンス・コ ナー/歌詞:リチャード・モルトビー・ジュニア、アラン・ブーブ リル/

出演:(いずれも交互出演)市村正親、駒田一、伊礼彼 方、東山義久(エンジニア役) 高畑充希、昆夏美、大原櫻子、 屋比久知奈(キム役) 小野田龍之介、海宝直人、チョ・サンウン(クリス役) 上原理生、上野哲也(ジョン役) 知念里奈、仙名彩世、松原凜子(エレン役) 神田恭平、西川大貴(トゥイ役) 青山郁代、則松亜海(ジジ役)

料金:S席14,000円、A席9,500円、B席5,000円(税込)

〔住〕千代田区丸の内3-1-1
〔問〕東宝テレザーブ03-3201-7777(9:30~17:30

あべ やすし

音楽評論家。1933年生まれ。慶應義塾大学4年生のときに日本のポピュラー音楽、レビューについて新聞・雑誌に寄稿を始め、60~90年代は、日本レコード大賞審査委員・実行委員、東京音楽祭国内・国際両部門審査委員を務める。65~66年のシーズン以来、ブロードウェイ、ウエスト・エンドの主要作品のほとんどすべてを観劇している。80~00年代にかけ劇団四季取締役として『キャッツ』『オペラ座の怪人』『ライオンキング』などの日本公演の企画・交渉に携わる。『ショウ・ビジネスに恋して』『ミュージカルにI LOVE YOU』『喝采がきこえてくる』などの著書がある。