cinema『フェアウェル』

優しい〝嘘〟で結ばれる家族の想い

 

文:川口力哉

 

『ガン』という言霊が患者の命を奪う

 
 今から十数年前の話である。母から父が肝炎の疑いで検査入院することになったと告げられた。命に別状はないからくれぐれも心配しないで、母は電話口の向こうで少なくとも平静を装った。数週間後、今度はさらに詳しい精密検査が必要になったから、再度検査入院することになったという。どうにも雲行きが怪しい。今度ばかりはと、退院したての父に直接病状を問いただした。「いや、どうも腫瘍マーカーの値が高いらしいわ」「高いっていくつくらい?」「1万2000やて」。その数字がどれほどのものかも分からぬまま、ネット検索した医療サイトを前に思わず腰を抜かした。程なくして兄から、腫瘍5㎝の原発性肝臓ガンで持って1年だと病状が明かされた。

  本作もまた、中国系アメリカ人ビリー (オークワフィナ ) が故郷中国に住む祖母ナイナイがガンで余命3か月だと知るところから話は始まる。主人公のビリーは小柄で気が強く、まくし立てるような 早口と前のめりな姿勢が印象的な20代の女性である。中国では、『ガン』という言霊こそが人の命を奪うとして、患者本人には告知しないのが一般的だそうだ。ビリーの場合も同じく、親族一同の申し合わせにより、ナイナイ本人にはガ ンであるとは告知していない。しかしアメリカ・ニューヨーク育ち のビリーにとっては、それこそが祖母ナイナイへの大いなる裏切りだと主張して譲らない。そんな矢先、従妹の結婚式を口実にしてナイナイとの最期の別れのために、各地に散らばった家族たちが故郷 へと集合することになるのである。

 

/諦めないために必要な〝嘘〟がある/

 
  今回この作品を取り上げたのも、他ならぬ自身の経験と類似したシーンがいくつかあり、当時の記憶にシーンを重ねてゆうちに 熱い想いが蘇ってきたからである。私の父の場合は逆で、本人はガンだと知った上で家族には知らせまいと、はじめは検査入院だと言い張った。そしてガンであることを認めてからは、家族以外には 口外しないようかん口令を強いたのであった。今思えば、父は『ガン』であることを周囲に悟られぬよう振る舞うことで、精神のバランスを保とうとしていたにちがいない。

  主人公ビリーとガンに侵された 祖母ナイナイの二人が織りなす物語の中で特に印象に残ったシーンがある。ナイナイは毎朝の太極拳を日課としているのだが、そこにビリーが加わり、共に気合の発声を行う。もちろんナイナイは腫瘍を良性だと信じている。いつかは健康に戻れると頑なに信じ、全身 に気合を漲らせる。一方のビリーはナイナイの病状を悲観するあまり、その健気な姿に余計落ち込むのだ。

  キャッチコピーにも謳われている『優しい嘘』の真意は、人類の長い歴史の中で育まれてきた経験則に基づく合理性なんだと悟らされた。

  奇跡はめったに起こらない。諦めたらそこでジ・エンド。そのためにも優しい嘘が必要だ。本作を見終わった後、無性に父と話しがしたくなった。

「今、腫瘍マーカーはいくつ?」

「4か5くらいちゃうか」。

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『フェアウェル』

 

監督・脚本:ルル・ワン/

出演:オークワフィナ、ツィ・マー、 ダイアナ・リン、チャオ・シュウチェン

4月10日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開

配給:ショウゲート .

かわぐち りきや

俳優。1975年和歌山県生まれ。早稲田大学理工学部卒業。主な出演作は映画『THE GODDESS OF 1967』(オーストラリア映画)、『李歐』の主演をはじめ『凶気の桜』『阿修羅のごとく』『タッチ』『テニスの王子様』 『スマイル 聖夜の奇跡』『龍三と七人の子分たち』、 テレビ「もっと恋セヨ乙女」「危険な関係」「芋たこなんきん」「ヤスコとケンジ」「行列48時間」「ギルティ 悪魔と契約した女」「白虎隊」、舞台『座頭市』など。 著作に小説『ピースマン』がある。現在、世田谷深沢に開校した、小中生を対象とした未来創造スクール「GREEN STAR」の代表を務める。。1月1日21:00放送のテレビドラマ「相棒」元日スペシャルにゲスト出演。


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