
2021年2月11日(木・祝)全国公開される、『素晴らしき世界』を観た。たとえば、電車内で中年サラリーマンがチンピラ風に言いがかりを付けられているとき、われわれは見て見ぬふりをする。チンピラに「おい、やめろ!」とはなかなか向かえない。ところが主人公、三上正夫(役所広司)はチンピラを完膚なきまでに叩きのめす。痛快、といえば痛快なのだ。現代社会に、彼のような分かりやすい真っ直ぐな正義感が失われていないか、投げかけられる。
彼は出たり入ったり都合28年余りを刑務所暮らし。実直な人情に厚い反面、短気がわざわいして、社会のレールから外れる。「あんたみたいな不器用な男は、この世間は生きづらいっしょ」。最も長かった殺人の刑期を終えて出てきた三上に、元カノはそう言って同情とも冷やかしともつかない物言いをする。更生しようともがく男にとって「この世間」は渡りづらいが、はたして世間の常識が正しいのか、当たり障りのない日常に浸かっていないか、われわれに真正面から問いかけてくる。
それにしても、本作を観た誰もが役所広司という俳優の凄みを改めて知らされることになるだろう。脚本・監督の西川美和は、
「与えられた役とご自分を一体化される努力をされている…(中略)、隅の方でじーっと何かに集中されているのを見かけるんですよ。それは多分、私にも他の人にも、誰にもわからないレベルの鍛錬であり自主トレなんだろうと…、ちょっと直視できないような、鬼気迫る感じがある」
と初めてタッグを組んだ感想をプログラムの中で述べているが、役所の芝居には無理に役柄を作ろうとしているところがない。主人公・三上正夫はそのまま三上正夫なのである。どんな役でもこなしてしまう、という程度の軽い形容ではとても納まらない奥深さを感じるだけでも価値がある。
ノンフィクション作家、佐木隆三の原案『身分帳』を元に、実在の殺人犯をモデルにした「社会」と「人間」の関係性を考えさせる問題作である。(記・次郎長)
2021年2月11日(木・祝)全国公開
配給:ワーナー・ブラザース映画
主演:役所広司
出演:仲野太賀 六角精児 北村有起哉 白竜 キムラ緑子 長澤まさみ 安田成美 / 梶芽衣子 橋爪功
脚本・監督:西川美和 原案:佐木隆三著『身分帳』(講談社文庫刊)