岸惠子の馥郁たる人生88年の燦然たる輝き 


岸 惠子自伝

卵を割らなければ、オムレツは食べられない


<卵を割らなければ、オムレツは食べられない>岸惠子さんの夫であった、イヴ・シャンピ氏から聞いたフランスの諺。そこに込められている「あなたは自由なんだよ。あなたの意志を阻むものがいるとしたら、それはあなた自身だけだ」というシャンピ氏のメッセージ。岸惠子は恋に落ちた。フランス人であるシャンピ監督と結婚し、パリで生きることを決意した。以来、このフランスの諺は岸さんの人生の重要な局面で、岸さんの行く先を決定する指針の言葉となっているようだ。

 このフランスの諺がサブタイトルに添えられた岸惠子自伝は、「子どもでいることをやめた」と幼い岸さんに決意させた戦争体験、女優デビュー、映画人や文士たちとの交流、人気絶頂期での国際結婚、映画への未練、フランスでの結婚生活、映画への復帰、離婚、キャスターとしての中東やアフリカでの過酷な取材体験、離れて暮らす母や娘のことなどが、日本エッセイスト・クラブ賞なども受賞している巧みな筆致で綴られ、読む者をぐいぐいと惹きつけて離さない。ちなみに本書の装幀・装画は娘デルフィーヌさんが手がけている。

 社会学者の上野千鶴子氏は「自伝でありながら上質な連作エッセイを読んだような読後感に満たされる」と本書推薦の言葉を贈っている。歴史家の磯田道史氏は「我々にとって未来の道しるべともいうべき書だ」と言い切り、岸さんを、最高の知性と美貌をもって古い伝統国に生まれ、世界というフィールドで通常人には経験しえない人生を体験している〝奇跡のヒト〟と讃える。そして「その奇跡のヒトは、自分の殻を割り、国境の壁を破り、心の自由とは何かを考え行動したのである。そのヒトの経験からくる思索は、我々にとって遺産だ。この国は今、まるごと、私の居場所はどこ? と惑い、孤独に漂っている。とくに、若い人よ。この書を読んでほしい。この地球に生きることの本質を考えさせてくれるはずだ」と絶賛する。

 8年くらい前になるだろうか、岸さんが自身の小説『わりなき恋』を自身で脚色し朗読劇として上演することが決まったとき、岸さんの事務所から電話がかかってきた。初日の明治座公演後のアフタートークで、岸さんのお相手として登壇してほしいということだった。「なぜ、僕が?」当然の反応である。華麗な交友関係をお持ちの岸さんのお相手が僕に務まるはずがない。おこがましくもあった。雑誌の編集というのは表舞台に立つ仕事ではなく、編集者は裏方の人間だと常々思っているので、「ありえない!」と固辞した。が、岸さんの事務所の方の熱心な口説きに乗せられ、また、弊誌第3号の表紙に岸さんに登場していただいたときの厚意に応えなければという思いも手伝って、受けてしまった。岸さんには及ぶべくもないが、僕もうずらくらいのちいさなサイズの卵を割ってしまった。ただ、何かしらの昂奮を覚えたのも確かだった。人生にこんな予期せぬことがあるなんて。

 当日、なぜ受けてしまったのだろうと、大いに後悔することになった。この日の明治座約1400席は満席だという。舞台のそでに立ったとき緊張はピークに達していた。そしていよいよ出陣。思った通り、いや予想以上に脚が震えている。絶対多くの観客もこの脚の震えに気がついているはずだ。だが、岸さんとのトークが始まると、1対1で話ができるという栄誉に酔ってしまい、今、岸さんの瞳には僕が映っているなんて、大マヌケなことを考え、このシチュエーションにすっかり我を忘れ、観客の存在を忘れてしまっていた。すばらしい知性の持ち主で、正直で、チャーミングで、エレガントで、エスプリがきいて、僕の中では特別区の住人である〝大女優の岸惠子〟のお相手ですよ。今となっては、僕の人生のもっとも華やかな時間を岸さんが作ってくださったことに、感謝しかない。

 弊誌でのインタビューやトークショウを通じて、僕の中には、〝岸惠子は果敢に行動する人〟として映っている。心に浮かぶことを言葉にし、声に出したことを実行する。この本を読んでいると、そんな風景に何度も遭遇する。そして、岸さんは〝果敢に行動する〟ことの美しさを教えてくれているような気がする。

 この書はこんな一節で結ばれている。

 「コロナ? じぶんの力試しをするときでしょ」と言わんばかりに、そこまで来ている春に先がけて、真っ黄色のつぼみがはじけて笑い出しそうである。


著者:岸惠子
発売日:4月28日(発行:5月1日)
定価:2,200円(本体2,000円)
発行元:岩波書店

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