追悼、芥川賞作家 高橋三千綱さんの寄稿全文、私の生前整理

生前整理は死んでから

文=高橋三千綱
小説家

私の生前整理 2019年1月1日号より

これぞ合理的な生前整理?

 何事につけ不精で面倒くさがり屋なので、生前整理なんて考えも及ばない。それだけ毎日生きることに必死なのである。といって健康のために毎朝歩くとか、ジョギングをするといったことをするわけではない。そういう行為を自慢げに話す人を、うるさいなあと思うこともある。それより、私は生きるだけで必死なのである。
 しかしながら、この男のいうことを真に受けてはいけない。口では必死と言っておきながら、その中味はといえば、今日の競馬レースでいくら儲けるか必死に考えているだけなのである。どうも生命ということに対して不謹慎なところがあり、つまりは楽して日銭を稼ぎたいだけだといった方が正しいのだ。
 ただし、自分の置かれている立場がかなり危ういところにきていることだけは自覚している。執筆業を生業としている者には共通していることだが、出版不況が長引き、ついに来るところまで来てしまっているからである。来るところとは、人生の底を打ったというところである。通常、企業でも景気でも底を打てば次ぎには必ず上向くのであるが、出版界にはその気配がない。あきらめるしかないので、もう頑張るのは邪道だとさえ達観せざるを得ない。
 つまるところ、毎日が必死で生きていると同時に、毎日が生前整理なのである。自然に任せているだけで周囲の物が淘汰されていく。先日もパリ行きの資金に少しでも加算しようと古本屋を家に呼んで、埃をかぶっていた本を売り払った。稀少本もあったが、それは家人にとっては全く意味をなさないものであった。それらをあわせるとパリ行きの航空券代になった。ただし酒代には足りなかったので、ゴルフのコンペで得たブランド品のバッグを売ると10万円近くになった。生前整理は実に合理的にできている。

かくて末期ガンは消失した

 私の母は85歳まで生命保険の外交員をやっていた。退職してのどかにお迎えがくるのを待っていたが、いつまで経っても来ないというので、その合間に友人と生前のお別れ会をしようということになった。そこで銀座のクラブを借り切って、3千円会費で食事会を開催したら80名の友人が集まった。みな美容院にいき、和服を着てホホホと現れた。
 それが母の88歳のときで、好評につきまた3年後にやった。顔ぶれは少し違ったが、そのときも80名が集まった。また好評であった。息子の私は少し貧乏になったが、母が喜ぶのならと思い、母が95歳になったとき、またやろうかと提案したら、もういい、代わりに戒名を息子のあんたが作ってくれといわれた。ついでに私の戒名もつくった。それが親子の生前整理であった。
 6年前私は胃の末期ガンを宣告されたが、治療は拒んで風のおもむくままに生きている。先日の検査ではガンが消失していた。ガンを宣告した医者は、あっけにとられていた。人生とは面白い。それで、生前整理は死んでから考えようと思っている。

たかはし みちつな
小説家。1948 年大阪府生まれ。小説家・高野三郎の長男として生まれる。高校卒業後、サンフランシスコ州立大学入学。帰国後『シスコで語ろう』を自費出版。早稲田大学中退後、東京スポーツ新聞社入社。74 年『退屈しのぎ』で第17 回群像新人文学賞、78 年『九月の空』で第79 回芥川賞受賞。83年『真夜中のボクサー』映画製作。硬質な文体の小説から、青春小説、ゴルフ小説、時代小説他、漫画原作等幅広い作品活動を手掛けている。近著に『さすらいの皇帝ペンギン』(集英社)、『楽天家は運を呼ぶ』(岩波書店)。最新刊に『作家がガンになって試みたこと』(岩波書店)、『お江戸は痛快-右京之介国盗り御免』(コスミック出版)がある。2021年8月17日逝去。

2019年1月1日 Vol.38より
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