お客様の協力なしでライブハウスの維持はできません

新型コロナウイルス蔓延問題は、芸術や文化にも大きな影を落としている。2月26日に安倍首相からイベントなどに関する自粛の要請があり、さらに4月8日に緊急事態宣言が発出され劇場、映画館、コンサートホール、ライブハウス、美術館、寄席、そして劇団やさまざまなアーティストたちは活動休止を余儀なくされた。街から劇場や映画館が消えるのではないかと危惧する声も聞こえてくる。その後、5月25日に緊急事態宣言が解除され、入場制限や座席間隔の留意を前提に劇場や映画館の再開が可能になったが、感染症対策により、いずれの催物も観客数は満席時の半数程度という制限つきであった。屋内外問わず人数上限は5000人だったが、11月末までの催物制限に関して目安のあり方が見直され9月19日から緩和が実施されることになった。大声での歓声、声援がないことを前提としうる場合、収容率の上限が100パーセントに緩和されることになった。クラシックコンサートや古典芸能、演劇、講演会、式典、展示会などがこれに該当する。大声での歓声が想定されるが、野球やサッカーなどのスポーツイベントは、収容人数1万人超は収容人数の50パーセント、1万人以下は5000人を人数上限とすることになった。では、歓声・声援が想定されるライブハウスなどは、どう扱われるのだろうか。芸術、文化発信の最前線にいる人々が、どのように難局に向き合い、今後のありようを模索し、苦境を脱しようとしているのか、現場の声に耳を傾けてみる。

Vol.6

加藤梅造さん(ロフトプロジェクト代表取締役)

加藤梅造さんは、1997年に新宿のトーク&ライブハウス<LOFT/PLUS ONE>にアルバイトとして入店し、現在は「ロフトプロジェクト」の代表取締役を務める。

老舗ライブハウス<ロフト>の歴史は、1971年にジャズバー<烏山ロフト>をオープンしたことに始まる。オーナーの平野悠さんは、いつしか自分の店でライブをやりたいと、1973年の<西荻窪ロフト>を皮切りに<荻窪ロフト><下北沢ロフト>と、1年に1軒のペースでライブハウスをオープンさせた。ライブハウスという言葉もなく、ライブをやれる場所が少なかった時代である。現在は都内に10店の直営ライブハウスを有する。坂本龍一、RCサクセション、大貫妙子、ムーンライダース、サザンオールスターズ、山下達郎、Char、エレファントカシマシ、フジファブリックなど、さまざまなジャンルのミュージシャンがライブを披露している。「ロフト」の歴史は、そのまま日本のロックの歴史に重なる。「ロフトプロジェクト」はどのように新型コロナウイルス問題に向き合い、コロナ禍でのライブハウスのあり様を模索してきたのだろうか。11月末までの催物の開催制限の見直し結果が発出されるという前日、どのような見直しがなされ、ライブハウスが次のステップを踏み出せるのか気がもまれるなか、加藤さんに話をうかがえることになった。
インタビュー:2020年9月18日

ロフトプロジェクトの一番新しいライブハウスは2020年2月2日にオープンした<Flower Loft>。オープン当時、「コモレバ」紙媒体での連載でもおなじみの俳優・中村敦夫さんも世田谷区長とこのステージでトークライブを行っている。バーラウンジはライブチケットなしでも入場できる。

1か月で約400公演が
中止になりました。

――本年2月2日には「ロフトプロジェクト」の一番新しいライブハウス<Flowers Loft>がオープンしましたが、その頃新型コロナウイルス問題をどのように捉えていましたか。

加藤 まだ想像を絶するような状況になるとはほとんどの人が感じていなかったと思います。2月は、ほぼ予定通りにやっていましたが、26日の安倍首相による自粛要請が出て、やばいのかなと思うようになりましたが、それよりも決定的だったのは、2月中旬の大阪のライブハウスでのクラスター発生問題ですね。やはり同業のライブハウスということで、いつ自分の身に降りかかってもおかしくない災厄として直面せざるを得なくなりましたね。小劇場演劇の方たちにとっても、これは衝撃的なニュースだったと思います。

――そこから、3月のイベントをどうするかという状況になってくるわけですね。

加藤 本格的に中止の検討を始めるきっかけになりました。一部予定通りやるものもありましたが、その他は入場者を半分にするとか手段を模索しながらやったりしていましたが、半分以上は中止になりましたね。

――緊急事態宣言の発出以降はすべて中止になったわけですか。

加藤 それ以前から中止にしていました。3月23日の会見で、都知事からイベントの自粛要請の話があり、25日には週末の外出自粛要請が東京都に出ました。オリンピック、パラリンピックの延期が発表された翌日で、非常に政治的な判断による決定だと感じました。それで一旦ゴールデンウイーク明けまでのイベントを中止して、その後どうなるのかなと思っていたら案の定延期ということで、それに従ってその都度中止にしていきました。

――ちなみに、10店舗でどのくらいのライブ数が中止になりましたか。

加藤 1店舗につき1か月で40くらいの公演がありますから、単純計算にして1か月で約400イベントが中止になったわけです。売上で言えば、少なくとも数千万円、1億に近い実入りがなくなったということになります。社員は50人以上、アルバイトの人たちを含めると200人以上が働いていますが、4月以降は公演自体がなくなったので、アルバイトのみなさんのシフトを組むことができず、それが一番辛かったですね。

老舗ライブハウス「LOFT」の歴史は、オーナー平野悠さんが1971年3月に京王線千歳烏山駅にオープンした烏山ロフトから始まった。開店チラシには〝山小屋風スナック〟と謳われている。
烏山に続き、平野オーナーが、いつしか自分の店でライブをやりたいと考え、1973年6月にオープンした西荻窪ロフトはフォーク系を中心としたライブハウスだった。友部正人や大塚まさじと永井洋のフォークデュオのザ・ディランⅡらも出演しているが、写真の看板には本日のコンサートとして名曲「カレーライス」で知られる遠藤賢司の名前がある。遠藤賢司は2017年に亡くなった。チケット代はオーダー+400円だった。

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