時には街の名コンサートホールで耳を澄ませたい

台東区立旧東京音楽学校奏楽堂にて

重要文化財となった日本最古のホール

 上野公園の奥深くに建つ「台東区立旧東京音楽学校奏楽堂」は、1890(明治23 )年に完成した日本最古の音楽ホール。藝大構内から明治村への移転が予定されたが、建築学会、芥川也寸志や黛敏郎をはじめとする音楽家、作家・森まゆみ氏ら市民グループの反対で現役保存となり、1987年、今の場所に移転整備され国の重要文化財となった。前を通るたびに、いつかはここで演奏を聴いてみたいと思っていたのを今日、実行しよう。

 下見板張り木造総二階。屋根は瓦葺き。左右対称中央の角柱張り出し玄関の上はバルコニーで、優雅な手摺りがまわる。屋根正面上には西洋の三角破風ペディメントがクラシカルな唐草を浮き出して、威厳と美しさをそなえた堂々たる建物だ。玄関脇には当校卒業生・瀧廉太郎の像が建つ。日曜の夕刻に窓から漏れる明かりは、明治の舞踏会の音楽が聞こえてくるようだ。
 ここは連日小規模なコンサートが開かれて入場料も安く、日曜は入館料300円でパイプオルガン演奏も聴ける。今日の「オーケストラ・ノット特別演奏会」はなんと無料だ。
 オーケストラ・ノットは髙橋勝利氏の主宰するアマチュアオーケストラで、コンサートを積極的に続け、今日は九州交響楽団共演のため来日中の、ベルリン国立歌劇場オーケストラ首席クラリネット奏者、マティアス・グランダーを迎え、モーツァルト「クラリネット協奏曲」とブラームス「交響曲1番」の豪華プログラムだ。
 ホール310席は総木造。壁は藁やおがくずを詰め、天井は中央をかまぼこ型に高く抜いたヴォールト天井で音響を吸収し、シャンデリアが下る。本来は音楽学校の演奏ステージ付き階段教室で、ハの字に並ぶ学生席の最上段は天井ぎりぎりだ。天井隅を角丸に一周する通風口は唐草風に透かし、支える三角腕木の透かし彫りや厚いドレープのカーテンボックスなどの優雅な仕上げは、日本最初の洋楽ホールを設計する誇りがみえる。正面に威厳をもつパイプオルガンを聴いてみたい。ほぼ満員の席は耳の肥えていそうな音楽好き中高年に加え、楽器ケースを持った学生も多く、華やかさのない授業のような、ただ演奏を聴くだけの雰囲気がいい。

名演奏に満たされ、帰り道はゆっくりと

オーケストラ・ノットのゲネプロ風景より

 ステージではすでに奏者たちが黒の演奏服で思い思いに音の調整を続けている。音大生らしきにまじり高齢の男性もいて、本番の緊張よりはここで演奏できる喜びが大きいようだ。コンサートマスターが音調を整え終わると、左手から、24歳、藝大音楽学部指揮科4年生が入場。次いでクラリネットを手にしたマティアス・グランダーが拍手で登場。彼の目の合図で指揮棒が上がった。クラリネット協奏曲こそはモーツアルトで一番好きな曲だ。
 音がいい! 透明でやわらかく、残響のキレが良く、楽器ひとつひとつがクリア。クラリネットソロの消え行く微小音も最後まで聞き取れる。わりあい色んなホールに行っているがこれほど澄んだ深みは初めてだ。中規模ホールの良さでもあり、ここでマーラーの大曲は合わないだろう。知り尽くした曲を最適の音の生演奏で聴くぜいたくよ。次のブラームスは管楽器が増えグランダー氏もその列に加わり、ステージはいっぱいになった。あまり大音響にせず、ホールに合わせて小さな音を大切にした演奏は、多用される弦のピチカートがくっきりと聞こえ、ドラマチックで知られる交響曲がこんな繊細さを持っていたか。
 満足して、暗い上野公園を駅までゆっくり歩いた。コンサートは帰り道が大切とここでも思う。
 さらに思った。巨匠の大コンサートもよいけれど、こうして毎週のように聴きに行くのも本当の音楽好きかもしれない。そうして音楽は深まってゆくかもしれない。コンサートを身近にするのはとても豊かなことだと。

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