仲村トオル

日生劇場『羅生門 女たちのまぼろし』で初舞台を踏んだのは、映画 『ビー・バップ・ハイスクール』で俳優デビューして20年近く経った 2004年でした。その初舞台の初日に拍手の音を聞いたとき、感動で泣きそうになってしまい、そのとき舞台の面白さというものを知ってしまいました。以降、毎年舞台に立たせていただいて、いろんなタイプの劇作家、演出家の方々と出会い、さまざまな経験をさせていただいています。

そして今年も舞台に立ちます。

前川知大さんの本、長塚圭史さんの演出による『プレイヤー』です(8/4~8/27 Bunkamura シアターコクーン〔問〕Bunkamura03-3477-3244)。前川さんと組むのは今回で5度目です。

初めて観た前川さんの芝居は『狂想のユニオン』で、前川さん特異のスタイルというのか、特別なものが出てこないSF といった趣の芝居でした。芝居のラストシーンでのセリフが、僕の頭にずっと残っていて、折にふれ思い出されます。それは「できることならば次に我々が持つ希望が、自分たちの手に負える程度に小さなものでありますように」といった感じのセリフで、これはすごい、僕の大好物な作風だと思ったんです。大志を抱けと言われるより、自分の手に負える程度の小さな希望というほうが、実人生にとってすごく有効なのではないかという感覚が、このことを人に話すたびに僕の中でクリアになってきます。

長塚さんとご一緒するのは初めてで、長塚さんが描かれる僕の知らない景色の中に、登場人物の一人として存在できること、その点も、今回の芝居にすごく惹かれた理由の一つです。 まだ、台本も出来上がっていない状況ですが、新しい、まだ見たこともない景色が広がっているところに連れて行ってもらえるんじゃないか、前川さんの本、演出が長塚さん、劇場がシアターコクーン、そういう総合的なことで、これはなんだか面白くなりそうな匂いがするな、という勘のような期待感を抱いています。

僕が舞台に臨むのは、知らない世界に行ってみたい、体験したことのない感覚を味わってみたい、というようなことなのかもしれません。仕事を受け、その役をやりますということは、あなたの書くセリフを信じます、あなたの演出 を信じます、お任せします、そして半分は俳優に任せてください、と いうことなのではないかと思っています。わからないと思うこともありますが、今はわかっていない自分にもきっとわかるときがくるだろう、このセリフには、この演出にはきっと自分にはわからないくらいの大きくて深い意味があるんじゃないかと感じていて、わからないということで立ち止まるということはないですね。映像だけをやっているときには、演じている役柄の感情以外のことを考えるのは雑念だと 信じていましたが、集中力があるというのは視野を狭くすることではなく、集中しているときほどフォーカスがあたっている部分以外のものも見えてくるのだということを舞台で実際に体感しました。

舞台には初めて訪れる異国に対するような感じをいつも抱いています。俳優人生の最初の20年近は映像だけをやっていて、自分の中に閉塞感みたいなものがありました。そこで、この壁の向こうには何があるんだ ろうと乗り越えようとした壁には実はドアがついていて、ノックをしたら招き入れてもらえた。僕にとっては初舞台でそのドアを開けて以来、新しい国でそれぞれに違う景色を見せていただいているという場所、それが舞台ですね。

「舞台は訪れたことのない 異国のような 感じで、 いままでに体験したことのない 感覚を味わえる場所です」
2017年5月23日 Bunkamura シアターコクーンにて
 撮影:平岩 享
 


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