樋口可南子

私にとって7年ぶりの映画出演作『愛を積むひと』が6月20日(2015年)より全国ロードショー公開されます。東京の工場をたたみ、第二の人生を大自然に包まれた美しい土地で過したいと、北海道の美瑛に移り住む夫婦を中心とした物語です。夫を佐藤浩市さんが、妻を私が演じています。

妻は進行性の心臓病を患っており、死期がそう遠いものではないことも悟っていますが、それを夫に告げることなく自分一人の胸にしまい、美瑛の美しい景色の中で過す夫婦の姿は、穏やかで幸せで理想的な生活のように映ります。映画を見る方にとって、この夫婦が現実にはいない遠い存在であっては困る、この夫婦像を自分のなかでどのように膨らませていけば見る人の心に届くのか、それが私にとっての課題でした。

美瑛での撮影を続けていくなか、妻が一人で十勝岳連峰の裾野に広がる美しい景色を見ているシーンで、監督から「にこやかに周りの景色を見ていてください」と言われ、ハイと答えたものの、「あれ、なぜだか笑えない」という心境になり、涙がとまりませんでした。この美しい自然がずっと見続けていられる色ではないのだと感じたとき、深い悲しみが押し寄せたのだと思います。実際に映画のシーンには描かれていませんが、この奥さんは一人のときには、美しい山や丘を眺めながら泣いていたのではないかと、取り乱すこともあったのではないかという絵が私の心に浮かびました。美しい景色を前にしたからこそ得られた感情です。

夫に余命を告げ心配事を口に出してしまえば、この穏やかな生活が崩れてしまう、だからどこかで夢の生活を、理想の生活を妻は演じていたところがあるのではないかとの思らんできました。実際には描かれていない、そんな妻の心境なども感じながら見ていただけると嬉しいです。物語半ばで妻は死を迎えますが、妻は夫に宛て何通かの手紙を遺します。そこには夫の今後の生活のこと、夫と娘との関係の修復のことなど、心配で心配でしようがない先立つ妻の正直な思いが認められています。

後半、妻が遺した手紙により展開される、夫の再生、父と娘のこと、周囲の人々との物語。亡くなってはいるけれど、妻の私もその物語に参加できているという実感が得られ、満たされたものを感じました。佐藤浩市さんとはテレビドラマで一度ご一緒したことがありましたが、直接的な相手役としては初めてです。

自分の演じる役柄をうまく捉えられないとき、私が一歩先に進むのに大切なのは相手役の方です。相手役の方がどう演じられるかなということで初めて自分の芝居ができてくるような気がしています。今回も浩市さんが演じるからこその夫の心の内や性格が見えたとき、私が演じる妻の思いも見えてきたような気がします。

この映画はきっといいものになる、それだけは最初から感じていたのですが、すでに見ていただいた方々から感想をうかがうと、人によって感動する場面が異なるようです。

それは、見てくださる方々がそれぞれ大事にしていること、一番気になっていることが、この映画と結びついているんだなと思えて、そこがこの映画のまた面白いところだと感じています。

この映画が引き金となり、見る人それぞれの奥に眠っていた気持ちが浮かびあがる。ぜひとも、大好きな方と一緒に見ていただきたい映画です。

撮影:2015年4月28日 六本木スタジオにて PHOTO:平岩 享

「台本に書かれていない部分を膨らませていく作業が、作品と折り合ったとき、満たされたものを感じます」


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