2015年秋号の「コモ・レ・バ?」の特集タイトルは「小津好み-映画に宿る名監督の趣味と美意識-」。小津のカラー作品を挙げ、「色で軽やかに遊んだ」とした文章からは小津映画への愛情という米谷さんの眼差しが見えた。ぼくは、小津のカラー映画をすべて見直した。米谷さんの文章は、読む人をスクリーンに誘い込む魅力がある。
その後、小津生誕百二十年、没後六十年の2023年にも、「〝いい顔〟と〝いい顔〟が醸す小津映画の後味」として原稿をコモレバWEB版で執筆してもらった。米谷さんは、「小津の映画は〝顔〟の映画だ」と見事に言い切った。そのほかにも、小林正樹監督、倍賞千恵子、映画『男はつらいよ』、高峰秀子など多くの特集企画で米谷さんとの仕事を重ねてきた。米倉涼子のカバーインタビューをお願いしたこともあった。当時の米倉涼子のマネージャー氏は、単なるインタビュー記事ではなく、人間・米倉涼子が書かれていた、と喜んでくれた。小津がそうであったように、米谷さんもまた、人間性を見抜く人であった。
特集企画を思い立ったとき、米谷さんだったら、どんな視点でアプローチし、どんな原稿に仕上げてくれ、いつものように〝企画の意図〟の枠からはみ出すことのできないでいる編集者のぼくを、どんなふうに気持ちよく裏切り幸せな気分にしてくれるだろうかと想像してしまう。米谷さんを初めての人に紹介するとき、ぼくはいつも「映画と映画人に対してあふれる愛情と尊敬の念を持っている人」と紹介している。
小津映画は海外でも評価が高いことで知られるが、映画好きな外国の友人たちは、ぼくの誕生日が小津と同じだと知ると一様に羨ましがる。海外の映画ファンが小津の誕生日まで知っていることへの驚きとともに、小津映画が世界で愛されていることを実感する。『老いの流儀 小津安二郎の言葉』は、『Chasing Ozu』のタイトルで英訳され、2021年には海外でも発行されている。
2023年には、『老いの流儀 小津安二郎の言葉』を加筆修正し、新たに書き下ろしを加え(数はやはり60にとどめられている)アップデートされた新装版として『小津安二郎 老いの流儀』が上梓されている。ぼくは、ここで、さらに新たな小津の言葉に出会い、繰り返し小津映画を観た。米谷さんの小津論を読むたびに、ぼくも深く小津という人物に惹かれていった。この本からは小津がお洒落で、食べること飲むことが大好きで、モノに対する審美眼にすぐれた趣味の人だったということ、そして揺るぎない覚悟で映画を作るという映画人・小津安二郎の人間像が、愛情と尊敬というまなざしで切り取られている。読む人の人生をも豊かにしてくれる名著だ。
文=二見屋良樹
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