不思議なタイトルである。
映画『富士山と、コーヒーと、しあわせの数式』のタイトルは、一見すると何のつながりも感じさせない固有名詞3つが並んでいるが、映画鑑賞のあとはその謎も解けて、あと味のいい感動に包まれることだろう。
生きていく中で他人との関係は時に誤解があったり、疎遠になったりする。母娘の関係も、祖父母と孫との関係も、長年連れ添う夫婦も、表面では喧嘩をするわけではないが、相手が何を考えているかわからないことが多い。自分のことを相手が大切に思っていてくれたことに後で気づくこともあるだろう。本作はそれぞれの登場人物の成長と、学ぶことの素晴らしさや、家族の絆が描かれる。
文子(市毛良枝)は、長年連れ添った夫の偉志(長塚京三)を亡くし一人暮らし。遺骨の前に二人分作ってしまったお味噌汁を供え、遺影に話しかける毎日を送っていた。娘の綾(酒井美紀)は、シングルマザーでありながらバリバリのキャリア・ウーマンだ。海外出張も多く大学生の拓磨(豆原一成)に、祖母の家で暮らすよう言い渡す。これまで母と娘は、進学や離婚のことで意見があわず、関係は冷えていた。孫の拓磨にとっても親しんだ祖母ではなく重荷だった。けれども素直で優しい心をもつ拓磨は、祖母の家で暮らすことを受け入れる。
文子の家で暮らすようになり、偉志の書斎で拓磨が見つけたものは、生前偉志が文子のために取り寄せた生涯カレッジの申込書と、謎解きが得意だった偉志のつくった不思議な数式だった。偉志は文子が、家庭の事情で進学することができなかった悔しさを知っていた。生涯カレッジの願書は、結婚50年のサプライズプレゼントだったのだ。
文子と拓磨は同じ大学で机を並べることになる。カレッジには文子と同じように様々な境遇の人が来ていた。カレッジに通うようになると、「ふみちゃん」と慕って来る友人もでき、文子は学びの楽しさを満喫し、明るく輝いていく。そして拓磨との距離も徐々に縮まる。
一方琢磨は、大学にはあまり行かず、カフェでバイトをしていた。コーヒーには人一倍のこだわりを持っているが、就職活動を始めなければいけない時期なのに、進むべき道がわからず悩んでいた。そんなある日、文子が友人たちを家に招くことになり、拓磨が淹れたコーヒーを飲みながら楽しそうにおしゃべりをする彼らをみているうちに幸せな気持ちになってくる。文子や恋人の紗季(八木莉可子)の励ましもあって、拓磨はカフェ経営の夢が芽生えていく。
夢を追う拓磨が成長し、冷たい関係の文子と綾が打ち解けていく過程がいい。富士山が大好きだった偉志に導かれるように、文子、綾、紗季、拓磨はあるところを訪れる。そして偉志の遺した数式の謎が明らかになっていく……。
本作の誕生は、『信用はデパートで売っていない 教え子とともに歩んだ女性の物語』(講談社エディトリアル刊)を著した、島田依史子の自叙伝の中のメッセージ、「学ぶことは楽しい」という概念が核になっている。島田は明治35年生まれ。18歳で狭き門の文部省中等教員検定試験に合格。結婚、出産を経験し、22歳で「島田裁縫伝習所」を創設し女子教育を一生の仕事とし、現在の学校法人文京学院を築き上げた人物である。島田の自叙伝を原案に脚本家のまなべゆきこが、オリジナル脚本を書きおろした。
拓磨や文子が通うカレッジも、文京学院大学で撮影された。公開に先立ち、文京学院大学でトークイベントとともに、冒頭部分が上映された。当日、豆原一成はツアーで参加できなかったが、祖母役の市毛ら共演者たちからは「可愛くてたまらない」と絶賛されていた。豆原にとっても、本作は、ベテラン俳優と演技をする新たな挑戦だった。
「挑戦を怖がらない、いくつになっても人は変れる。そして学びは楽しい」そんなメッセージにあらゆる世代の人々が励まされるに違いない。
『富士山と、コーヒーと、しあわせの数式』
10月24日(金) 新宿ピカデリー他全国ロードショー
出演:豆原一成(JO1) 市毛良枝
酒井美紀 八木莉可子 / 長塚京三
市川笑三郎 福田歩汰(DXTEEN) 藤田玲 星田英利
監督:中西健二
主題歌:「ひらく」 JO1 (LAPONE ENTERTAINMENT)
脚本:まなべゆきこ 音楽:安川午朗 題字:赤松陽構造
©2025「富士山と、コーヒーと、しあわせの数式」
配給:ギャガ